5月6日、英国チャールズ国王の戴冠式が執り行われる。昨年9月に96歳で死去したエリザベス女王は25歳で王位につき、70年間在位した。常に母国を考え、行動してきた女王陛下の波乱万丈とは。君塚直隆氏(関東学院大学国際文化学部教授)が手がけた評伝『エリザベス女王』(中公新書)の一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/前編から続く)
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喪服姿の女王が国民に語ったこと
フェローズ秘書官からの進言に基づき、女王はバッキンガム宮殿に半旗を掲げることに同意した。ただし自らの紋章旗ではなく、国旗(ユニオンジャック)である。さらに9月5日(ダイアナの葬儀の前日)には家族全員でロンドンに戻ってきた。通常であれば女王の車はそのまま宮殿のゲートを通るところであったが、この日、女王はゲートの前で車を降りた。そこで彼女が目にしたものは、うずたかく積まれた花束やカードの山だった。
エディンバラ公も、ウィリアムもハリーも、国民からの弔意に目を見張った。警備のためゲートに近づけない人々のために花を受け取り、王子たちはそれをそっと供えた。女王も一人の女の子が5本の赤いバラを持ってきたので「これを門の前に供えてあげましょうね」と受け取ろうとすると、少女はこう答えた。「いいえ陛下。これはあなたのために持ってきました」。周囲の群衆からは拍手が鳴り響いた。
こののち女王はすぐさま宮殿に入り、午後6時からはBBCのテレビ・ニュースで演説が始まった。画面を直視する喪服の女王はこう国民に語り出した。
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日曜日の恐るべき知らせ以来、私たちはイギリス全土、そして全世界がダイアナの死を悼んでいる様子を見てきました。[中略]この喪失感を表現するのは容易なことではありません。最初に受けた衝撃は、しばしば他の感情と入り交じってしまうものだからです。疑惑、無理解、怒り、そして残された者たちへの興味。私たちはこうした感情をこの数日間抱いてきました。ですから、女王として、さらには孫たちにとっての祖母として、私が心から伝えることができるのは、いまはこれだけなのです。
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この演説によって、国民やマスメディアの女王に対する怒りは収まった。翌9月6日、ダイアナの葬儀は「準国葬」ともいうべき待遇で予定通りに行われた。王族も97歳の皇太后をはじめすべて参列した。その模様はテレビ中継され、全世界で25億人以上の人々が画面に釘付けになったと言われている。こうして「民衆の皇太子妃」の葬儀は無事に終わった。