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なぜ幻覚を見るのか?

 結局、Kさんは遭難から5日後の11日になって奇跡的に救出されるのだが、興味深いのは、幻覚はおもに山中を動き回っていた7日、8日に集中して見ており、一カ所にとどまっていた後半はほぼ見ていないという点だ。羽根田はこう語る。

「不安や焦燥にかられて、がむしゃらに動き回っているときは幻覚を見やすいのかもしれません。Kさんによると『夢はすぐ忘れるが、幻覚はいつまでもはっきりと覚えてるんです。正気の状態で見聞きしたのと同じなので、幻覚だったのかどうかは、後日、合理的に判断するしかない』そうです」

 遭難した焦りと不安が脳に作用し、目の前の受け入れ難い現実の中に「見たい幻」「聞きたい幻」を現出させるのだとすれば、それもまた生物の生存本能の為せる業なのかもしれない。

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民間救助隊員が見たもの

 ところで、羽根田自身は山の中で幻覚を見たり、不思議な体験をしたことはあるのだろうか。

「そういう話はよく聞きますけど、実際に自分が見たことはないです」と言いながらも、羽根田はある民間救助隊員に取材した際に聞いた話を教えてくれた。

「その人が中央アルプスの千畳敷で登山者に指導していたときのことだそうですが……」

 ここでいう指導とは、登山口へやってくる登山者の中で、たとえば装備などが不十分そうな人を見かけたら、「どちらまで行かれるんですか」などと声をかけ、無理がありそうだと判断したら、ルートの変更を薦めたり、場合によっては登山を中止するよう助言することだという。

写真はイメージ ©iStock.com

「それでロープウェイから降りてくる登山者たちを見ていると、ときどき『二重に見える人』がいる、というんですね。その人の背後に、もう1人本人と同じ人が陽炎のように浮かんでいる。要するに腰から上がダブって見える。『そういう人は、後で必ず遭難して亡くなってしまうんです』と。どういう理屈なのかわかりませんが、これは私も聞いていて怖かったですね」