ある証言者は、18年に公開処刑を見た際、発砲後、処刑対象者が死亡したかを確認し、まだ息をしているものはその場で撃たれてトドメを刺されていたと語っている。また、18年に咸鏡北道清津市スソン川の川辺では機関銃で“死体蹴り”のような公開処刑が行われている。
「射撃手5人がそれぞれ機関銃で撃って死刑を執行していました。一度撃たれてすでに死んでいる対象者にも、別の射撃手が機関銃を撃ち込むんです」(証言より)
さらには、司法手続きさえしない「即決処刑」も行われている。最たる例が国境警備隊員だ。「脱出をはかる住民に3回警告した後も止まらなければ射殺せよ」という規定があったようで、加えて20年以降は新型コロナウイルス感染症の防疫を理由に「国境封鎖地域に出入りする者は事前警告なしに発見次第射殺する」という北朝鮮当局の指示が下されたという証言もある。
「銃に撃たれて倒れる姿がフラッシュバックして…」
こうした残酷すぎる殺し方を日常的に目にする生活は、住民の心に深い精神的傷跡を残している。
ある証言者は、「初めて人を殺すのを目の前で見ることになり、あまりにも怖くて数日間食事もまともにできず、眠れなかった」と語り、また別の証言者は「銃に撃たれて倒れる処刑対象者の姿がまだ忘れられず、夜一人でいるとフラッシュバックして苦しい」と苦痛を訴えた。
決して、こうした話は北朝鮮の一部の話ではない。証言した脱北者の出身地は、平壌など北朝鮮のほぼ全地域が含まれ、年齢層も10代から60代まで多様だ。性別では男性238人、女性270人と、こちらもほぼ半々である。38度線の向こうで、あまりに凄惨な日常が繰り広げられているのだ。