(きれいな女だな)
というのが第一印象だったが、一方で、
(パフォーマンスがうまいな)
と、したたかさを感じた。
ちょうど配食の時間を見計らったように細木数子が工場をひとつずつ回ってくると、タクアンをパッとつまんで口のなかに入れ、「刑務所のタクアンって、こんなにおいしいのね」と受刑者のみんなに聞こえるように言って、喜んでみせたのである。
なぜ刑務所に「細木数子」が?
このパフォーマンスの意味を、私はすぐに見抜いた。初代ヤマケンのお声がかりで慰問に来ているわけだから、細木数子にしてみれば、竹中正久親分に「顔づけ」(顔を合わせる)しなければならない。
だが、正久親分の工場だけ顔を出したのでは不自然になる。だから、わざと各工場を回ってみせているのだと、このとき私は思った。そうでなければ、島倉千代子クラスの大物芸能人を連れてきた細木数子が、わざわざ各工場を回るわけがない。
これも出所してからだが、細木数子について盛力会長に尋ねたら、当時、二率会・堀尾昌志会長の女だと言っていた。島倉はだまされて借金の連帯保証人にされるなど20億円もの莫大な借金を抱えるが、これを整理したのが堀尾会長で、以後、細木数子が興行など島倉の面倒を見ているということだった。
細木数子が六星占術で有名になる前のことで、松下靖男によれば、銀座で飲み屋をやっているということだった。その細木がまさか後年、テレビに出演し、「地獄に落ちるわよ!」という名ゼリフで芸能人を脅す有名占い師になるとは思いもしなかったが、「歴代総理の指南役」として著名な陽明学の安岡正篤の後妻に納まるなど世渡りの巧みさを見るにつけ、「刑務所のタクアンって、こんなにおいしいのね」と、みんなに聞こえるように言ったパフォーマンスを私は思い浮かべるのだ。
余談ながら、この慰問をきっかけに、私はいっぺんに島倉千代子のファンになる。私にとっても、ほかの受刑者たちにとっても、「国民的歌手・島倉千代子」の慰問はそれほどに衝撃的だったのである。
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