『招かれた天敵 生物多様性が生んだ夢と罠』(千葉聡 著)みすず書房

 タイトルが目を引く書物である。

「ようこそ、いらっしゃいました」と言われるのが“招かれた”の意味だ。歓待の気持ちが入っている。天敵とは自然界における生涯狙われ続ける敵、すなわち寄生者や捕食者のことである。たとえば野ネズミにとってはイタチやフクロウが、ノウサギにとってはキツネやイヌワシが天敵であり、一生涯、いつもおびえて暮らしている、というわけだ。

 天敵は、誰に、なぜ招かれたのか……。招いたのは人間である。人間にとって都合の悪い生き物が現れたので、そいつを消して欲しいと、天敵は招かれたのである。

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 人間の発展の歴史の陰には、人間にとっての天敵、いわゆる有害生物との戦いがあった。本書によれば、南アフリカの7万7000年前の洞窟遺跡からは、寝床に吸血昆虫が集まるのを防ぐ仕掛けが見つかっているというが、この戦いは1万年ほど前に農耕生活が始まってから激しくなった。食物を貯蔵するようになって、その分有害生物から守るべきものが増えたからである。日本ではネズミが古くから害獣として扱われ、室町時代にはネズミ捕りの仕掛けが使われていたそうである。

 自然や動植物に対する人間の知識が増えてきたとき、仕掛けを作ったり殺虫剤などの有毒物質をまいたりして、有害生物を排除するよりも、天敵を利用すれば手間が省けるという新たなる名案が生まれた。天敵をどこかで探してきて放てば、いつしか有害生物は消えて労せずして一件落着となるはずだった。これが“招かれた天敵”というわけだが、その地には本来生息しない外来種の導入の始まりでもあった。だが、生き物はしたたかであることを理解していなかった。人間の思惑通りにはいかず、有害生物は消滅しないわ、新たな外来種という厄介者が生まれてしまうわ、どうにも手がつけられない状況に陥ってしまった。

 本書は有害生物との戦いの貴重な記録である。著者は小笠原諸島でカタマイマイなど固有カタツムリ類を最強の天敵・ニューギニアヤリガタリクウズムシから守るために悪戦苦闘しているが、本書の最後に、「すべての発端となる天敵を招くのに成功したこのアルベルト・ケーベレ(評者注・ドイツ生まれのアメリカ農務省の技師。天敵導入でカリフォルニアの果樹園を害虫から守った)の哲学は、時と場合によってはじつは成功の秘訣なのかもしれない。あまり信じてはいないが。『成功は失敗の素』だから」と述べている。人間の思いつきが浅はかなものだったことに対して、相当に腹立たしく思っているに違いない。

 今後、私たちはどう行動したら良いのか、何をすべきなのか、人間と科学の業を描いたこの一冊を熟読して考えるべきなのだろう。私たち人間側の都合で勝手なことをしてはならない、ということを念頭において。

ちばさとし/1960年生まれ。東北大学東北アジア研究センター教授、同大学院生命科学研究科教授(兼任)。専門は進化生物学と生態学。2017年、『歌うカタツムリ』で毎日出版文化賞・自然科学部門を受賞。他の著書に『進化のからくり』などがある。
 

いまいずみただあき/1944年、東京都生まれ。動物学者。ねこの博物館館長。『ざんねんないきもの事典』など著書・監修書多数。