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 西国分寺で3万くらい小遣いを渡されたが、そんなのはその日のうちに使い切った。

「金がなくなったら、連絡をくれればまた持っていく」と仲間に言われていたけど、連絡しなかった。仲間たちに対する不信感と、「街にでれば金はなんとでもなる」という訳のわからない自信で、無一文のまま街をほっつき歩いた。

目の前には怪物や妖怪が…止まらない幻覚

 このときほっつき歩いていた記憶はあるのだが、東京の街がファンタジーかメルヘンかみたいな世界に見えていた。

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 そこらじゅうに怪物だか妖怪だかがいて、僕だと気づかれると攻撃してくるから、そーっと歩いていた。怪物に気づかれて追いかけられた時は、走って逃げた。

 話しかけてきた人と立ち話をしていたら、急にその人は壁のポスターに変身した。

 走っている車がすべてパトカーに見えて、幻覚だと思って一台の窓をコンコンして話しかけたらやはりパトカーだった。

 5分くらい前のことも忘れてしまうから、ポールペンを右手にもっておいて左腕のそこら中にメモ書きした。

 金ももたずに雀荘へ行って、リーチ宣言牌を対面のお客さんに投げつけて叩き出された。

 ビルから飛び降りようとしている警備員を見つけて止めようと話しかけたら、逆に飛び降りないように説得された。

 とにかく、どれもめちゃくちゃすぎて思い出すだけで気持ち悪くなる。死ななかっただけよかった。

 ファンタジーの世界をほっつき歩いてるうちに携帯も財布もすべてなくし、僕は途方にくれた。携帯がなくては仲間や事務所に連絡することもできない。一家の事務所に電話するなりなんらかの方法もあっただろうけど、このときの僕は事務所の電話番号すら思い出せない状態だった。

「10万あればまたシャブを仕入れて売りさばいてすぐに元の状態をとりもどせる」と、携帯もないくせにこんな考えにとりつかれていた。僕は10万を借りるため友人の家に行こうと府中街道でタクシーをひろった。

 そして、このタクシーに乗ったのが表の世界へ戻るきっかけとなった。

 あのときのタクシー運転手は天の使いだったんじゃなかろうかと、妄想めいた思いがいまだにめぐる。

 僕は友人の家の住所もわからなかったから、「右行け」だの「左曲がれ」だのぐるぐるしているうちに、様子のおかしさを運転手に見抜かれて、交番に連れていかれた。