売店は病院の中だったけど、ほぼシャバの空気だった。缶のコーラをプシュッとしてゴクゴクッと飲むと、缶ビールを飲んでいるような気分を味わえた。
他の患者たちと整列して連れ立って売店にいく。僕が嬉しそうに整列している姿をみて「悲しくて涙がでた」と母がいまだによく言っている。子どもが幸せそうにしている姿を見て親が心を痛めるというレアケースがここにあった。
この病院で処方されていた精神薬は、僕には弱く感じた。前述の通り、精神薬中毒でもあった僕には、満足できる強さでなかったのだ。「もっと強いクスリをください」と何度も医師に頼んだけどダメだった。
ヒマつぶしに始めた資格勉強
シャブボケの症状は、入院して1カ月くらいでほぼ消えた。ボケていたときの幻覚の記憶のせいでまだ錯乱しているように見えたようだけど、脳の機能はかなり回復していたと思う。
薬ばかり求める僕に対して、医師から「クスリに頼らないで、何か趣味みたいなことをしなさい」と言われた。
僕は、宅建の資格の勉強をすることにした。母が宅建の資格をもっていたこともあったし、ヤクザをやめて目標を失った僕は、とりあえず不動産の知識を入れておけば退院後に役立つだろうと考えたのだ。
そして、何よりやることがなさすぎてヒマだった。入院中にはじめたヒマつぶしが資格試験の勉強スタートということだ。
しかし、宅建のテキストを母に買ってきてもらっただけで、勉強はまったく進まなかった。ヤクザが勉強を始めるというのはそう簡単なことではない。それに、常に誰かの叫び声が響いているような環境で勉強する気になれなかった。(#1から読む)
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