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毒親との生活、はじめての恋…“わたし”がAVデビューするまでに見た世界(戸田真琴『そっちにいかないで』/第1回)

2023/06/04

source : 提携メディア

genre : エンタメ

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玄関の靴棚の上には、絵が一枚貼ってある。画用紙いっぱいにパステルカラーの虹が描かれ、池には白鳥が、地面にはピンクの象が、空には黄色い鳥が飛んでいる。虹の上には白いクレヨンで「SMILE LAND SAYAMA」と書かれていて、絵の下に貼られている作品紹介の紙にも、「えがおのまち さやま」と書いてある。その横には金色の丸に赤いリボンのついたシールが貼ってある。わたしが小学二年生のときに描いた絵。別の壁には、小学三年生のときと四年生のときの賞状と、小学五年生のときの漢字テストで一位になったときの担任の先生手作りの賞状、中学一年と二年のときにそれぞれ小論文コンクールの大会に出たときの写真などが飾られている。

電球が切れっぱなしになっている暗い廊下を抜け、階段をのぼって二階のこども部屋へ向かう。よく踏まれる箇所以外に埃が積もって白っぽくなっているが、もともとはダークブラウンの床板だ。

こどもにひとり部屋を与えるのは贅沢だ、ママのちいさい頃は兄と弟と一緒で自分の部屋なんてなかったんだから、というママの主張により、二階の三部屋はこのように振り分けられていた。奥のひとつは父親の寝室兼洗濯物を干すための部屋。真ん中は〝ゆきちゃんとモモちゃんのこども部屋〞、もうひとつが〝ゆきちゃんとモモちゃんの寝室〞。どう考えても、姉とわたしそれぞれにひと部屋ずつ振り分けることが可能なことはわかっていたけれど、何度交渉を試みても部屋割りは変わらなかった。

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わたしは学校から帰ると、いつもそのまま〝こども部屋〞に行き、学習机の上を確認した。紙が一枚、置いてある。カバンを下ろして、上着を脱ぎ、キャスター付きの硬くて四角い椅子を引き出し、座る。紙を裏返すと、わたしの好きな漫画のキャラクターのイラストと、そのキャラに関するコメント、そして「わたしは◯◯のほうが好きかな!」という言葉が添えられていた。姉が書いたものだ。

わたしと姉はいつも、コピー用紙をつかって交換手紙のような、交換日記のようなことをしていた。どちらかが先に寝たときは、朝までに相手の机の上になにかイラストや文字を書いて置いておく。どちらかが先に家に帰ったときは、その返事を相手が帰ってくるまでに置いておく。いい漫画や音楽を見つけてはおすすめしあったり、その感想を交換したりしていた。