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毒親との生活、はじめての恋…“わたし”がAVデビューするまでに見た世界(戸田真琴『そっちにいかないで』/第1回)

2023/06/04

source : 提携メディア

genre : エンタメ

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授業中に窓から差し込む光が分度器に反射して、青白くつやめいたこと。放課後の美術室で漫画を読みながら、グラウンドで響く声を片耳にふんわり聞くときのこと。廊下を歩いていく上履きの鳴き声。玄関ポストを開けるとき、裁かれるような気持ちになること。そして空っぽのポストを見て、頭の中で毎日、「それでも」と、揺れる瞳でつぶやくこと。

「わたしはあの人を愛すると決めた人生で、まだ、一七年しか生きていない。やっと始まったところで、そして、これから溢れんばかりの愛と夢を味わいながら生きていくと決めているの」

新月の夜、そうつぶやいた。そして眠りにつこうとしながら、恋の相手に、頭をやさしく撫でられることを想像して目を閉じる。「まつげが長いんだね」と言われた言葉を何百回目か、再生する。

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「わたしにはこの人生で、すべきことがある」そう息を潜めて反芻しながら、毎日、眠っていた。

「先生へ。お元気ですか? 近頃は季節の変わり目で、天気も安定しませんね。先生のあまり強くはなさそうなお身体がどうか健康であることを祈っています。だけれどわたし、さっきお元気ですか? って書いてしまったのだけれど、それは、あなたが元気でないといけない、というふうには捉えないでほしいんです。もしも今元気でなかったとしても、そしてこれからしばらく元気ではないときが続いたとしても、わたしはあなたのことをとても好きです。元気かどうか、というだけではありません。

たとえば先生、いつかわたしに七夕の話をしましたね。皆が短冊に、好きなアイドルと結婚できますようにとか、ゲームキューブがほしいとか、サッカー選手になれますように、と書くで、わたしは天の川のことを考えていました。ミルクをこぼしたようだからミルキーウェイっていうんだって、って、宮沢賢治の本で読んだときから、たぶんほんとうは真っ黒い宇宙にミルクをこぼしたところを想像すべきなのだけれど、わたしの頭の中の宇宙はもうどんどんミルクが広がって、宇宙の暗やみの色と星のまぶしさとが逆さになってしまったのです。白い空に、黒い星が無数に光っている。それを考えているとき、たまたまわたしの手もとにあった短冊が全部で六、七色のうち真っ白でしたから、わたしは黒い油性ペンで点をいくつも打ちました。最初に打った点から放射状に広がるようにどんどんと、そしてそのあいだの隙間にも埋めていく。

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