32歳。生徒としては遅咲きだったが、情熱だけは負けていない。
大学1年の冬。
歌舞伎町の人混みで賑わう道を歩いていたら、向こうからヤクザが5人、歩いてきた。
スーツ姿で整髪料で髪を固めた、いかにものスタイルだ。
どうしよう。写真を撮らせてくださいといってみようか。
日本のヤクザは韓国はもとより、世界中にジャパニーズマフィアとして有名である。
シャッターチャンスだ。
だが、撮らせてください、の一言が発せられなかった。
「怖くて声をかけられなくて。家にもどったら、なんで撮れなかったんだろうと悔しくて眠れなくて。次の週に歌舞伎町に行って、ここは一発殴られてもいいから声をかけてみようと……」
この前のヤクザたちを見つけて、話しかけてみた。
「写真の勉強してる学生なんですけど、撮らせてください!」
ヤクザは不思議そうな顔をしたが、「いいよ」と受けてくれた。
次の日、現像した写真を渡したら、「お前気に入った。事務所に遊びにこいよ、いろんな人を紹介するから」と喜ばれ、以後、その組ではフリーパスで撮影ができるようになった。
梁の撮るアウトローたちの姿に迫力があるのは、対象に踏み込んだ結果だった。
「撮られた人は文句いいたいんだろうけど、僕の顔見たらいわないですね。この顔で得してますね。アハハハ。そっちの人かもしれないって思われて」
被写体にギリギリまで迫る梁の撮影手法について、本人が意外な言葉を口にした。
「僕は隠し撮りが好きではないんです。トラウマがあって」
人生を変えたタクシー事故のトラウマ
梁が通う小学校は自宅から1時間以上かかり、山を越えたところにあった。
冬は雪が積もり、集団下校になった。
ある冬の午後、梁少年が遊びに熱中していると、友だちはみんな帰宅してしまった。
校門のところで途方に暮れていると、偶然にも仕事中の父親と会い、タクシー代を渡してくれた。
めったにタクシーなどこないのだが、たまたま1台、通りかかった。
座席に座り、幸運を喜んでいたら、10分ほど走ったところでタクシーがスリップして5メートルほど下の田んぼに落ちてしまった。
目の前の視界が激しく変わり、大きな音とともに窓ガラスが割れた。
気を失いかけた。
気づくと血だらけの運転手が倒れていた。彼の顔のところに50ウォン硬貨が落ちている。
光り輝いて見えた。
どうしよう。
早くここから脱出しないと。
迷いに迷った末、硬貨を拾い、逃げた。
走って走って、家のある村の近くまでくると、その硬貨でガムを買って全部口のなかに入れた。
甘くて、幸せな味が口一杯に広がった。
嚙みすぎて顎が痛くなるほどだった。
当時、ガムは貴重なお菓子だった。
しばらくしても口中のガムはまだかすかに甘く、捨てるには忍びないので、自宅の門の横に貼りつけておいた。