高校進学のため、叔父の家に居候することになった直達(なおたつ)。しかし、駅に迎えにきたのは見知らぬ若い女性で、訪れた先は、叔父のほかに3人の住人が住むシェアハウスだった……。田島列島による同名の人気漫画を映画化した『水は海に向かって流れる』。監督の前田哲は『老後の資金がありません!』『ロストケア』などを手掛け、今もっとも注目される映画監督の1人だ。
「脚本づくりは楽しかったですよ。田島先生のユーモアというか、持ち味をどう違和感なく溶け込ませていくか。原作には不思議な言い回しがあったり、唐突な行動があったりしますが、それを役者さんが演じるリアリティのなかにどのように取り込んでいこうかなと。だから今回、感情はリアルに描きつつ、ビジュアル的にはファンタジーな要素を取り入れるようにして構成していきました」
登場人物たちが暮らすシェアハウスは玄関前にトーテムポールが据えられ、内装もエキゾチックでカラフル。生活感はありながら、少し現実から離れた世界のようにも感じられる。そしてそのなかで圧倒的な存在感を放っているのが広瀬すず演じる26歳のOL・榊(さかき)だ。「演出の80パーセントはキャスティング」と語る前田監督が、まず決めたキャストが、この榊役の広瀬だった。
「マーティン・スコセッシなんか、キャスティングが90パーセントだと言ってましたよ(笑)。それで映画のルックが決まってしまうと思うので、最重要な要素ですよね。広瀬さんの素晴らしいところは、雨のシーンでも画がじめっとしないところ。どこかカラッとしているんです。それはたぶん彼女が持って生まれたもので、今回の作品には必要な要素でした。撮影中は、いろんな場面で、感情がしっかり届く表情と佇まいを出していただけたかなと。黙って海を見ている顔だけでも、映画の力を感じさせてくれます」
シェアハウスの住人たちと関わるなかで、大西利空演じる直達は自分と榊の間に強い因縁があること、そして榊がそれを理由に「恋愛はしない」と決めていることを知る。
「ストーリーはどちらかというとシビアで残酷な話だと思います。彼女はまだ無力な高校生時代に理不尽な目にあって、自分の信じるものを失っている。それで、人とコミュニケーションを取ることを拒否している部分があるんです。でも、自分の人生に起こった困難は誰にも代わってもらえないし、自分で乗り越えなくてはならない。この映画は高校生の直達はもちろん、自分のなかの時間を16歳で止めてしまった榊にとっても、成長と前進の物語なんです」
互いの気持ちを言葉にし、次第に打ち解けていく直達と榊。直達から榊への恋心は明確に描かれるが、榊がどう考えているかは観客の想像に委ねられる。
「青春映画はほろ苦く終わるべきだっていうのが僕の持論なんです。成就しないとしても、人が人を好きになる素晴らしさを、直達が榊に教えてくれた。そういう一つの通過点の映画だと思います」
まえだてつ/フリーの助監督を経て、1998年、オムニバス映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で劇場映画デビュー。主な監督作品は『ブタがいた教室』『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』『ロストケア』など。6月23日には『大名倒産』も公開。
INFORMATION
映画『水は海に向かって流れる』
6月9日公開
https://happinet-phantom.com/mizuumi-movie/