「舞台でセリフに書かれている人生を生きることが、いますごく楽しいんです。自分を発散して、生き生きとできて」
ある女性の独白から、その愛憎に満ちた半生を描く舞台『ヴィクトリア』で、21年ぶりに1人芝居に挑む大竹しのぶさん。「この台詞全部私なんだ……と呆然とした」と不安と期待を相半ばに笑う。
「一人芝居では、自分でイメージして、呼吸を作れるので、思うまま芝居ができます。でも、会話をする相手がいないので、私一人の言葉でお客さんに伝えないといけない。しかもこの作品は、世界観が独特で、文学的なセリフも多い。不安もありますが、ヴィクトリアとして生きて、どんな世界が見られるんだろうと思うと、楽しみですね」
物語は朝「ベッドから出たくない」というヴィクトリアのつぶやきから始まる。頭痛がするし、メイドのアンナは起こす時間を間違うし、コーヒーもぬるい。本当はアンナの心配事を聞いてあげたいけど、今の私には無理だ……。
「この作品の魅力は、ひとりの女性の人生が現れてくるところです。彼女は、大学教授の夫の浮気に傷つき、追い詰められ、精神が崩壊していく。孤独で、寂しく、悲しい。日常とは違う、でもいつそうなってもおかしくない世界。演劇が垣間見せる面白さはそんなところにあると思います。人に愛されることがどれだけ幸せか、愛されないことがどれだけ悲しいか。いまはそれを強く感じています」
原題は「A Spiritual Matter」(魂の問題)。20世紀を代表する映画監督イングマール・ベルイマンが長編映画のために書き下ろしたが、一人の女性にクローズアップしてワンショットで撮るという実験的な手法ゆえに映像化されなかった。難しい作品に挑む大竹さんが信頼を寄せるのは、演出の藤田俊太郎さんだ。
「立派な演出家になられた藤田さんが、蜷川幸雄さんの演出助手で、みんなから『俊太郎!』と呼ばれて可愛がられていた頃から知っています。俊太郎、頼んだよ!という気持ちですが(笑)、ふたりで向き合って、緻密に繊細にお芝居を立ち上げていけたら」
ヴィクトリアは、〈現実の世界なんて存在しない〉と嘆く。綺麗だとちやほやされる自分、慈善パーティーで友人に囲まれる自分、安宿で見知らぬ男と話している自分。次々と記憶の断片が現れては消えていくが、それは彼女が描く幻想に過ぎないのか。
「逃げたくなるような辛い現実が押し寄せますが、それでも未来を望めるところまで表現できればと思います。必死に生きる姿に共感したり、もっと頑張ろうと思ったり、お客さんが何かを感じてくれたら。演劇って、どんな捉え方をしてもいいと思うんですよね。答えは、全部お客さんの中にありますから。私も、チリチリとした精神のヴィクトリアを演じながら、ずっと現実に向き合っています。牛乳あったかなとか、明日のお弁当のおかずはとか(笑)。その行ったり来たりが人生かな」
おおたけしのぶ/1957年、東京都生まれ。75年、映画『青春の門―筑豊編―』で本格デビュー。NHK連続テレビ小説『水色の時』で国民的ヒロインになる。以来、映画、舞台、テレビドラマ、音楽と幅広く活躍し、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、菊田一夫演劇大賞ほか受賞歴多数。本年9月には主演舞台『ふるあめりかに袖はぬらさじ』の公演が控える。
INFORMATION
舞台『ヴィクトリア』
6月24日から東京・スパイラルホールほか西宮、京都、豊橋で上演
https://www.siscompany.com/produce/lineup/victoria/