数日後、赤ちゃんの遺体や衣類はユキさんに返却された。ユキさんは逮捕されることもなく、1週間ほど病院に滞在後、退院している。しかし、病院と警察の対応に疑問と釈然としないものを感じた筆者は、法律家の意見を求めることにした。石黒大貴弁護士はベトナム人元技能実習生孤立死産事件の主任弁護人として今年3月、最高裁で逆転無罪を勝ち取った。
警察に届けるのは死産児に“異状”があるとき…
病院の対応について、石黒氏が挙げたのは医師法21条だった。
〈医師は、死体又は妊娠4カ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24 時間以内に所轄警察署に届け出なければならない〉と定めている。
「担当医はこの法律に則って判断したのでしょう。だから、妊娠週数にもよると病院側は説明したのでしょう」
では、「異状」とはどういう状態を指すのか。産科医として患者の死産に対応することもある蓮田氏に聞くと、死産児の遺体確認時に注意するのは、まず、(1)「死産後に血液が凝固しているなど、時間が経ち過ぎていないか」、(2)「遺体が傷つけられているなど、損壊・欠損がないか」の2点。(1)の場合は死体遺棄罪、(2)の場合は死体損壊罪にあたり、事件性が生じるためだという。また、死産児の大きさによっては蘇生可能性(医療行為によって生命を取り戻すことができるかどうか)を検討することになる。
「ですが、今回のケースでは蘇生が可能な週数に達していなかった。また、女性には、死体遺棄罪にあたらないよう、死産で身体から出てきた内容物を傷つけないように気をつけてビニール袋に入れて病院に持っていくように伝えました」(蓮田氏)
慈恵病院は全国から年間数千件の電話相談を受ける。今回のような出産直前や死産などの緊急相談は毎月1件程度ある。先に挙げた2020年12月の品川の事案では、妊娠6〜7カ月の未受診女性が死産し、慈恵病院に相談をしたあと逮捕された。このときは蓮田氏が女性から状況を聞き取り、自ら大井署に通報。対応した刑事に状況説明をし、事件性がないことを伝え保護を求めた。
ところが女性のマンションに駆けつけた大井署員が、女性が死産児の遺体を含む内容物を黒いビニール袋に入れて洗面台に置いた状態だったことを理由に遺棄罪にあたるとし、即日逮捕したのだ。実名報道され、女性は精神的な苦痛を負った(不起訴)。このときの痛恨から今回、蓮田氏は連携する民間総合病院を指定して救急搬送の手配をした。だが、その病院が警察に通報するとまでは予想していなかった。