歌舞伎町、未受診といった女性の背景が影響したか
蓮田氏は病院に再三照会したが、病院は通報の事実について答えなかった。筆者は改めて病院に取材を申し込んだが回答はなかった。病院のこうした対応から推測されるのは、病院側が、医師法21条に定められた「妊娠週数」のみに基づいて通報したのではないかということだ。病院が遺体に「異状」を認めて通報したのであれば、異状の内容について蓮田氏に説明が行われただろう。
病院は事件性が疑われる理由がないにもかかわらず、未受診で死産だったからという理由で女性を通報したことになる。
「今後、同様のケースに対応することになったら、連携先の病院には、異状が認められず、死産児が蘇生可能性のない大きさだと確認した場合には、警察への通報を控えるよう要請するつもりです。そうでないと、女性が不当に傷つくことになります」(蓮田氏)
今回のユキさんのケースでは、死産児の遺体に損壊や長時間の放置が疑われる異状はなく、事件性を疑う要素はなかった。それでも警察が事情聴取を行ったのは、なぜだろうか。先入観にとらわれていたためではないかと、前出の石黒氏は次のように指摘した。
「女性が流産した場所は歌舞伎町近くのアパート、そして女性は産婦人科未受診でした。歌舞伎町、未受診、といった女性の背景から、死産という個人的な出来事にもかかわらず捜査した疑いがある」
「下着も持っていきますけど、かまいませんかねえ」
ユキさんは当時、住所不定で定職のない状況にあり、流産したアパートは知人の家だった。ユキさんが4時間にわたり事情聴取を受けている間、警察は死産したアパートの家宅捜査を行い、知人は任意同行により新宿署で事情聴取を受けた。だが、住所不定で職業不詳であることは死産とは無関係だ。
衣類を押収する際、「下着も持っていきますけど、かまいませんかねえ」と言う刑事の口ぶりは侮辱的で強く屈辱を感じたと、翌日、ユキさんは振り返った。
「女性への捜査はそもそも未受診の妊婦だったところから始まっています。『健診も受けていない無責任な女性』というレッテルからスタートし、そのような女性は『不審』であるから、今回の事象である『死産・流産』に事件性が出てくる可能性がある。もしこの女性が健診を受けていたら、『待ち望んだ赤ちゃんを失った気の毒な女性』という扱いで事件性はないと考えるでしょう。これは通報した病院の側にも言えることです」(石黒氏)
ベトナム人元技能実習生孤立死産事件では、ベトナム人元技能実習生は、来日のために多額の借金をしていたが、妊娠がわかると強制的に帰国させられることを恐れ、妊娠を雇用者に打ち明けることができなかった。また、日本語が不自由なため、産婦人科の受診ができなかった。突然の激痛により孤立死産した赤ちゃんは妊娠週数9カ月の早産だった。病院の通報を受けた熊本県警は2日後に逮捕し報道各社に実名を公表している。
「このときの熊本県警の担当署は外国人犯罪取締の部署を抱える署でもあります。彼らには、死産した女性に対し、東南アジアからの外国人技能実習生だということで差別的なバイアスがかかり、処罰感情が先に動いた可能性がある。正当な理由のない偏見に基づいた判断でした」(石黒氏)
女性の逆転無罪を勝ち取るまでに3年がかかった。