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被告女性の扱いをめぐり参議院での議論は…

 では、未受診女性に対し、なぜ私たちの社会は処罰感情を抱くのか。小児精神科医でハーバード大学准教授の内田舞さんに聞いた。内田さんは新著『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)で、対立する正義が社会を分断している状況に対し、炎上や論破ゲームの波に乗らずに分断と差別を乗り越えるアプローチを示している。

内田舞さん ©文藝春秋

「社会の中に『清らかな母親像』という共通認識があって、そこから外れた人はバッシングされるという構造があるのかもしれません。でも、医師の立場から言えば、なぜ受診しなかったと責めるより、むしろ、死産した女性にはちゃんとした医療と精神的なケアが必要だったと思います」(内田氏)

 参議院決算委員会で伊藤孝恵氏(国民民主)が嬰児殺害遺棄事件の被告女性の取り調べ状況について質問に立ったのは、筆者の取材と前後する5月15日だった。

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伊藤孝恵議員(2023年5月15日 決算委員会 参議院インターネット審議中継より)

 伊藤氏は子どもの虐待、中でもゼロ日殺害遺棄事件を減らすことに取り組んでいる。この日、伊藤氏は嬰児殺害遺棄事件の被告女性の逮捕、勾留に際し、被疑者となった妊婦や産褥期の母体保護について、取り扱い指針の有無を質問。警察庁審議官親家和仁氏は、出産後、間のない被疑者に限定した取り調べのマニュアルはないとしたうえで、次のように答えた。

「犯罪捜査規範に基づき、個々の被疑者の体調等に配慮した適正な取り調べを行うこととしている」

親家和仁・警察庁長官官房審議官(2023年5月15日 決算委員会 参議院インターネット審議中継より)

 犯罪捜査規範とは、日本の警察官が犯罪の捜査を行うに当たって守るべき心構え、捜査の方法、手続き、その他捜査に関し必要な事項を定める国家公安委員会規則のこと。弁護実務では、警察の違法捜査の指摘をする際に捜査規範を引用し、内容証明郵便で警察署長と検察庁検事正宛に送付することがある。

警察の対応にどのような問題があったのか

 警察のユキさんへの対応は、この犯罪捜査規範の2つの条項に照らして問題があったと石黒氏は言う。

 1つめは、172条(臨床の取調べ)だ。

 <相手方の現在する場所で臨床の取調べを行うに当たつては、相手方の健康状態に十分の考慮を払うことはもちろん、捜査に重大な支障のない限り、家族、医師その他適当な者を立ち会わせるようにしなければならない>

「死産直後の女性に4時間もの事情聴取を行うことが健康状態に十分の考慮を払っていないのは明らかです」(石黒氏)

 2つめは、第4条2項(合理捜査)との関わりだ。同項は「先入観にとらわれ、根拠に基づかない推測を排除せよ」と以下のように定める。

 <第4条 捜査を行うに当たつては、証拠によつて事案を明らかにしなければならない。

 2 捜査を行うに当たつては、先入観にとらわれず、根拠に基づかない推測を排除し、被疑者その他の関係者の供述を過信することなく、基礎的捜査を徹底し、物的証拠を始めとするあらゆる証拠の発見収集に努めるとともに、鑑識施設及び資料を十分に活用して、捜査を合理的に進めるようにしなければならない>

黒瀬敏文・こども家庭庁長官官房審議官(2023年5月15日 決算委員会 参議院インターネット審議中継より)

 伊藤氏はこども家庭庁に対しては、被疑者、被告人である母親も母子保健法で守られる存在ではないのかと質した。黒瀬敏文審議官は「被疑者であるかどうかにかかわらず、母子保健法の対象である」「母子保健法の趣旨が伝わるよう検討していく」と答えた。

 新宿署の一連の取り調べ状況は、果たして犯罪捜査規範や母子保健法に照らして、適正だったと言えるだろうか。