コロナ禍、そしてウクライナ戦争……国境を超える移動が困難になる人類史的な経験を経た今、あらためて現代社会に求められることは観光客の「ゆるさ」かもしれない──批評家・作家の東浩紀が発表した『ゲンロン0 観光客の哲学』が2万字超の新章を加え、『観光客の哲学 増補版』(ゲンロン)として刊行。2017年に執筆された第一章より、一部を抜粋して紹介する。
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すっかり貧しくなってしまったニッポン
日本はこの四半世紀ですっかり貧しくなってしまった。日本人はいまや金を使わない。日本で観光がブームだったのは遠いむかしである。だから、観光がブームと言われても首を傾げる読者がいるかもしれない。しかし、そんな読者も「爆買い」という言葉くらいは聞いたことがあるはずだ。2014年から2016年にかけては、中国人観光客の旺盛な消費が日本中の観光地を救っていた。中国人に限らない。日本に来る外国人観光客の数は、目に見えて増加している。
統計を見てみよう。図1は観光庁の統計である。この図を見れば明らかなように、日本ではいま、国内観光客の低迷を補うように、外国人観光客の数が急速に増加している。2015年の訪日外国人旅行者数は1974万人にのぼり、2016年には2500万人にまで増えると予想されている。震災直前の2010年が861万人だから、6年で3倍近くに伸びたことになる。日本政府は、これを近い将来に4000万人にまで伸ばそうと、観光産業を積極的に支援している。
出国日本人数(棒グラフ黒色の部分)
訪日外国人旅行者数(棒グラフ灰色の部分)
そしてここで重要なのは、じつはこれは日本だけの現象ではないことである。日本はたしかにこの数年、官民を挙げて観光客の誘致に力を入れている。「クールジャパン」もあるしオリンピックもある。右記の急成長にはその成果が現れている。しかし、観光客の増加、とりわけ国境を越える観光客の増加は、全世界的な傾向である。
この20年でインバウンドが約2倍。観光業は有望な成長産業に
もうひとつ統計を挙げておこう。図2は国連世界観光機関の調査結果である。ここに示されているのは、それぞれの国にとっての外国人観光客(インバウンド)、すなわち国境を越える観光客の数だ。