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 この図からわかるのは、この20年でインバウンドの総数がじつに2倍以上に伸びているということである。その数は、1995年の5億2700万人に対して、2015年は11億8400万人にのぼっている。しかも9・11とリーマンショックの影響を除けば、右肩上がりでほぼまっすぐ増加し続けている。

 この数字はあくまでも国境を越えた観光客の数なので、同じ時期に急成長したはずの中国市場の国内観光客などは含んでいない。それを考慮すれば、成長の傾きはもっと急になるだろう。観光というと日本では、高度経済成長期からバブル期にかけての古い消費活動といった印象が強い。けれども実際にはそれは、21世紀のもっとも有望な成長産業のひとつなのである。日本政府がいま観光に力を入れている背景には、このような事情がある。

 世界はいま、かつてなく観光客に満たされ始めている。20世紀が戦争の時代だとしたら、21世紀は観光の時代になるのかもしれない。

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 21世紀は観光の時代になるかもしれない。だとすれば、哲学は観光について考えるべきだろう。本書の出発点には、まずはそんなあたりまえの感覚がある。

 では、観光の時代はどのような時代になるのだろうか。その問いに答えるためには、観光とはなにかを定義する必要がある。

 ところが観光の定義は意外とむずかしい。日本の観光学の教科書では、観光はざっくりと「楽しみのための旅行」としか定義されていない[★1]。これはあまりにも漠然としていて、ほとんど役に立たない。さきほど統計を引用した国連世界観光機関は、観光を「継続して一年を超えない範囲で、レジャーやビジネスあるいはその他の目的で、日常の生活圏の外に旅行したり、また滞在したりする人々の活動を指し、訪問地で報酬を得る活動を行うことと関連しない諸活動」と定義している[★2]

「ツーリズム」の語源を調べて分かること

 こちらは明確このうえない定義だが、こんどはあまりに形式的すぎて、逆に内容についての規定を含まない。いまの時代、仕事を求めて国境を越える人々(移民)は多く、戦争や災害を避けて他国に逃れる人々(難民)も増えている。この指標は観光客をそのような人々から区別するため導入されたものだが、統計には役立っても、観光についての思考の足がかりにはなりそうにない。