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ガバナンス改革の遅れで、ふたたびジャパン・パッシング

 しかし、この投資家が言うほど、アクティビストは鼻つまみものなのだろうか。

 セブン&アイの株主総会を巡って複数のメディアのインタビューに応じたヘイル氏は2019年から光学機器・電子機器メーカー大手のオリンパス、21年からは大手化学メーカー、JSRの社外取締役を務めている。

 オリンパスは20年6月、映像事業を国内系投資ファンドに売却し、長い歴史を誇ったデジカメ事業から撤退した。スマホに付いているカメラの性能向上でデジカメ市場は縮小が続き、オリンパスの同事業は20年3月期まで3期連続の営業赤字を計上していた。

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「経営陣に撤退という荒療治を促したのはヘイル氏らで、そのおかげでオリンパスの企業価値は急激に上がった」(オリンパス関係者)。実際、オリンパスの22年3月期決算の最終利益は1157億円と、21年3月期の9倍近くにのぼった。JSRは21年5月に祖業であるエラストマー(合成ゴム)事業を売却したが、これもヘイル氏らの提案があってのことだったという。

 アクティビストと呼ばれるバリューアクトだが、その行動は投資先と対峙したかつてのスティール・パートナーズとは大きく異なる。

 セブン&アイに対して要求したとされるコンビニ事業のスピンオフも、考えようによっては正しい経営戦略といえるだろう。赤字体質の総合スーパー、イトーヨーカ堂と同じ傘の下にいては、その企業価値が顕在化しないからだ。

イトーヨーカドー(公式HPより)

 実際、会社の形を巡ってはバリューアクトの考え方が合理的とする投資家も多かったようで、株主提案が否決された日のセブン&アイの株価は前日比110円安の6300円で引けている。

 経済産業省が主催するコーポレート・ガバナンス・システム(CGS)研究会が21年11月から取り組み、昨年7月に改訂したCGSガイドラインには「資本市場を意識した経営に関する知識・経験・能力を備えたものを取締役として選任することも選択肢の1つ」と提言。

 同ガイドラインには「『投資家株主の関係者』を取締役として選任する事例がある」との記述もあるが、これはオリンパスやJSR、富士通などが投資家を社外取締役に迎え入れていることを評価してのことなのだろう。

 投資家を社外取締役に迎え入れて取締役会の強化につなげる動きを主に米国では「ボード3.0」と呼んだりする。21年11月のCGS研究会(第3期)第1回会合で事務局が提出した資料には、こんなことが書かれている。

セブン&アイホールディングスの井坂隆一社長(同社HPより)

 ボード3.0の前提となるボード1・0は1950~1960年代の取締役会の様子を指す。取締役はCEOが率いる経営チームに所属するアドバイザーで、社外取締役は顧問弁護士や取引銀行など関係者で構成された。

 ボード2.0は70年代から現在の取締役会で、CEO以外は経営陣から独立した社外取締役で構成されたモニタリング・ボード。しかし取締役会の開催頻度が少なく、経営陣から得られる情報が不足している、自分で分析するリソースを持たない、社外取締役の多くは報酬が低額で固定的といった問題点がある。

 こうした問題を解消するのが3.0。投資家でもある社外取締役は豊富な情報やリソースを持って会社の監督に臨むことになり、株価の上昇が本人たちのリターンにつながるという。

ⓒアフロ(写真はイメージです)

 もっとも日本の企業社会は2.0すら定着していない。アクティビストはなお鼻つまみ者、正しいかどうかは別として、投資家を社外取締役に迎え入れることに世間が違和感を持たなくなるというフェーズは当分先となりそうだ。

 本シリーズの第1回目では「最近の株高の背景にはコーポレート・ガバナンスの進化あり」と指摘したが、目を凝らせば欧米に比べてガバナンス改革は出遅れている。株高を牽引している海外の投資家がそれに気づいた時、再びジャパン・パッシング(日本素通り)が起きかねない。