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2018/03/03

genre : エンタメ, 読書

皮膚と毛穴と毛の関係は植物に似ている

――2010年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞したデビュー短篇「花に眩む」(電子書籍あり)も人の体に植物が生える世界の話でした。少し前、その頃はうまく書けなかったものを『くちなし』で書けた、とおっしゃってましたよね。

彩瀬 私は書く時に自分が感じたことや見たものを核として使うことにしているから、現実から離れないでいるのかなと思います。「花に眩む」は、身体に植物が生えることで「老い」を表現したかったんです。自分の老いが明らかに目に見える世界ということですよね。他人の老いも見えて、「もうすぐこの人死ぬな」とか分かる世界で人はどんなふうに生きるんだろうということを書いてみたかったんですけれど、たぶん、頭が追いつかなかったんです。だからちょっと曖昧な恋愛話で終わってしまった。たしかどこかの時点で、皮膚と毛穴と毛の関係を植物っぽいなと思った時期があったんですよね。草が生えているのと似た構造だなと思って、そこから人間の体を土だと見なす視点が私の中にありますね。

――そういえば、植物が登場する作品が多いですね。今回のゴーヤなどもそうですが、『桜の下で待っている』も桜だけでなく各章で印象的な花は出てくるし、『骨を彩る』も最後のイチョウのイメージが強い。初の小説単行本の『あのひとは蜘蛛を潰せない』(13年刊/のち新潮文庫)も、ベランダの外のサザンカが強烈な印象に残っているし……。

あのひとは蜘蛛を潰せない (新潮文庫)

彩瀬 まる(著)

新潮社
2015年8月28日 発売

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彩瀬 植物が好きなんですよね、たぶん。ただ、きれいなものというより、獰猛なものであるとか、主人公とはまったく関係なく生えているものというイメージで使っていることが多い気がします。あまり耽美的なイメージでは使っていないですね。

グロテスクなのにどこかに美しさがある

――そうですね、彩瀬さんの描写は時にグロテスクだったりしますよね。でもグロテスクなのにどこか美しさがある。

彩瀬 ありがとうございます。美しさにこだわりを持って書いているわけではないんですが、もしも私が小説の描写に美しさを宿せているとしたら、それは昔から読んできた川上弘美さんや、辺見庸さんや、浅田次郎さんたちという、文章を作るうえで私のベースとなった方たちの描写が美しかったから、そこで学ばせていただいたのかなと思います。それと、私もそうなんですけれど、残酷でひどいことを読んだ時に、ちょっと興奮しません(笑)? そういう時の高揚が、美しいもの、鮮やかなものを見たような印象になるんじゃないかなと思います。

彩瀬まるさん ©鈴木七絵/文藝春秋

――本作で描かれるディスコミュニケーションもそうですが、彩瀬さんはままならないものをテーマに描きながらも、決して絶望のどん底に突き落とすような書き方はしませんよね。かといって、簡単な希望も与えない。

彩瀬 簡単な希望を与えてしまったら、だいたい嘘になりますよね、こういうテーマって。ただ、それでもクラスの中で一番遠い立ち位置だった人と、いつか傷つけあわずにお茶が飲める日を夢想するじゃないですか。一番職場で仲が悪かった人とも、だいぶ時間も経ったし、今ならちょっとくらいあの頃よりましな会話ができるのかなって。そういう夢は見ますし。

――ほう。それで実際お茶してみて、「やっぱりあの人のことは嫌いだ」という経験はありませんか(笑)。

彩瀬 あります、あります(笑)。でも「嫌い」って、そこまで傷つかないというか。相手との違いが明確になって、「あ、この人とは離れたほうがいいんだ」と理解できた時って、なんだかすごくすっきりします。逆に関係性の整理ができていないと、「この人とうまくいかないのは、もしかしたら私が悪いの?」などと思ってしまって、すごく嫌な思いをします。そういう気持ちの整理がつくといい、ってことなのかな。大人になったらお互いに触れたくない人には触れず、触れるべきところは触れられるようになると信じて大きくなるけれど、まあ、できないですよね(笑)。そういう嫌なこともひっくるめて、完全な断絶ではなくて、そこそこみんな大人として連帯できたらいいね、と思っているのかもしれません。