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なぜOSO18は牛の死骸に執着しないのか?

 現場にかけつけた藤本は、木の生え方などからクマが潜んで接近しやすい地形と判断して、一計を案じる。

「現場近辺への人間の立ち入りを制限したうえで、死骸をもう一晩、その場に置いておくことにした。この地形ならOSOが現場に戻ってくる可能性はあるな、と」

 一般にクマは自分の獲物と見做した死体には強く執着する。一度に食べきれない場合は、死体に付近の土や草をかぶせておいて、再び戻ってきて食べることもある。これがいわゆる「土まんじゅう」であるが、OSOは、なぜか獲物に対してそういう執着を見せない。

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 藤本はその理由をこう推測する。

「これまでのOSOの被害現場には、その直後から牧場関係者やハンター、役場の人間などが入れ替わり立ち替わりやってきて、たむろしている状態でした。人間への警戒心が強いOSOは、これを敬遠して現場に戻ってこなかったんじゃないか」

 そこで現場への人間の立ち入りを制限し、人間の気配や臭いを消した場合、OSOがどういう反応をするのか、確かめておきたかったのである。

痛恨のミスと2つの収穫

 果たしてこの日の深夜、OSOは現場に戻ってきた。翌早朝、パトロールしていた牧場関係者が前日に置かれた場所から牛の死骸が忽然と姿を消していることに気付いたのである。近くのヤブの中へと牛を引きずった跡が続いていた。藤本の読みは当たったわけだが、ここで「痛恨のミスがあった」と藤本は言う。

写真はイメージ ©iStock.com

「前日に現場を確かめたときに俺たちは牧草地から回っていたから気付かなかったんだけど、実は裏に林道が通ってた。俺たちはOSOは牧草地の方から来るものとばかり思い込んでいたけど、実際にはこの林道を使ってた。翌朝そこで待ち伏せしていたら、もう終わってたはずなんだよね」

 牛を襲った後でOSOは現場で騒ぐ人間を後目に、ゆうゆうと牧草地を歩いて去っていた。

「俺たちが夜明けに牧草地を確認したときにはなかった足跡が2時間後に行ったら、あった。恐らく現場近辺のヤブに潜んで人間が立ち去るのを待っていたんだと思う」(同前)

 事件発覚後、OSOが獲物を引きずったヤブに無造作に立ち入っていた人もいたが、実はそのすぐそばでOSOが潜んでいたのである。それでも収穫はあった、と藤本は語る。

「ひとつにはOSOが現場に戻ってくることを確認できた。つまりOSOは“忍者グマ”でも“幽霊グマ”でもなくて、老練で人への警戒心が強い普通のクマだということです」

ついに幽霊の足跡を捉えた!

 それだけではない。この2件目の現場では、人の立ち入りを制限していたおかげでOSOの足跡が大量に残されていた。

「ほとんどの足跡は前肢の上に後肢が重なっていて、正確な計測が難しかったんですが、赤ちゃん(赤石)が完璧な前肢の足跡を見つけてくれたんです」(藤本)

 ついに捉えた「幽霊」の足跡は、川の砂地、しかも人目につかない橋の下にひとつだけあった。赤石でなければ、見逃していただろう。足跡が残りにくい川の中を歩くのは、老練なクマであれば、さほど珍しくはないというが、赤石が“現役最強のヒグマハンター”と称される所以は、最長で810メートル先の獲物を仕留める卓越した射撃技術のみならず、残されたヒグマの痕跡から、そのヒグマの行動をまるでその場で見てきたかのように“再現”する特殊能力にある。

知床半島の野生のヒグマ ©AFLO

 赤石はこれまでの現場に残された痕跡から、OSOの行動パターンをこう分析する。

「上に跡つけねぇで、下からビューッと行っちゃうんだな。最初、牧草地に繋がる林(上)の方から来てるのかなと思って調べてたら、そっちからは来てねぇの。全部(牧草地の下を流れる)川の中を通って来てるんだな。とにかく人間の匂いがするところは徹底的に避けて、動くのは夜だけだね。もともとヒグマは明るいうちはあまり活動しないけど、OSOの場合はそれが徹底している感じはある。人間が来たなと思ったら、ぱっと体かわして、次の現場へ行ってるんだ。同じところに長居しねえから。次の場所もその前に下見しておいて、やる(襲う)んだから」