「昔は冬になるとエサとなる植物が雪で埋もれる平地にこんなにシカはいなかった。エゾジカが生息するのは、風が強くて冬でも雪が少ない摩周岳付近に限られていたんです。ところが近年、牛の乳量を増やすために牧草の改良が進むと、その栄養価の高い牧草を食べるようになったエゾジカが爆発的に増えて、そのまま平地に定着するようになった。当然冬になると、平地で餓死するシカも一定数出てくるわけです。これらの肉をヒグマが口にする機会は確実に増えている。“肉の味”を覚えてもおかしくはないです」
「ゲロ吐きながらでも食うからね」
ただ、たとえOSOがエゾジカの死骸を口にしたとしても、そこから一足跳びに牧場の牛を襲うことにはならないはずだ。本来クマが警戒するはずの人間が生活を営む牧場までOSOを引き寄せる「誘因」となったものは何なのか?
藤本は「恐らくデントコーン(牛や豚など家畜のエサとなる飼料用トウモロコシ)でしょう」と指摘する。輸入飼料の高騰などの影響を受け、近年道内で作付け面積が増加し続けているデントコーンは、山に木の実が乏しくなる夏の間、ヒグマにとって大変魅力的なエサとなっている。道内におけるヒグマによるデントコーンの食害被害額は、2010年度の7800万円から2020年度は1億3700万円と70%増加している(「北海道新聞デジタル」2022年10月1日付)。
「デントコーン畑に入ったクマといったら、ひでぇもんだよ」と赤石。
「あたりのデントコーンをなぎ倒して、寝そべりながらものすごい量を食うんだ。よっぽどうまいんだろう。ゲロ吐きながらでも食うからね。すごいよ。食いながらウンコも垂れ流しで、“直行便”みたいなもんさ。それも一番甘いところだけ食うからね。農家からすればたまったもんじゃねえべさ」
「牛殺し」のイメージの強いOSOも実はデントコーンが大好物だという。
実際に昨年9月、OSOはオソツベツのデントコーン畑に現れている。定点カメラに「左尻に2本線の傷」を持つクマの姿が映っていたのである。
「その映像を見る限り、この身体でこんなに食ったらまともに歩けねえべや、というぐらい食ってるね。そういう意味では、OSOはものすごいデブですよ(笑)」(藤本)
もともとはデントコーンが狙いで人間の生活圏に侵入するようになったOSOは、そこで初めて牧場の柵の中で群れる山では見慣れぬ動物に気付いたはずだ。そしてどこかで口にしたエゾジカの肉の味が、OSOの肉食の本能を目覚めさせたのかもしれない。