『絶滅の人類史 なぜ「私たち」が生き延びたのか』(更科功 著)

 この地球上で何十億年も続いた生物進化はその枝先の一端に人間という生物を生み出した。人間の由来と進化についてチャールズ・ダーウィンが思索をめぐらした一九世紀以来さまざまな学説や憶説が飛び交った。人間がこの世に存在するのは必然の結果なのか、それとも偶然の産物にすぎないのか――この大きな疑問は科学のみならず宗教・思想・政治の次元にまで広がっていった。

 私たちは人間は他のすべての生きものたちとは本質的に異なる別格の存在だと考えがちだ。しかし、本書を読むと、現代人(ホモ・サピエンス)にいたる道程は偶然と危険に満ちていて、人類進化の途上で生まれては消えていった数々の近縁な「人間たち」がかつていたことを知る。もちろん人間の歴史をたどる上で科学的根拠は不可欠だ。本書は近年急速に蓄積されてきた祖先人類の化石資料の知見や化石DNAの新しいデータをふまえて、われわれ現代人がどのような進化史をたどってきたのかをわかりやすく解説している。

 今から七〇〇万年前、類人猿たちにより森林から草原へと追い立てられた最初期の人類は直立二足歩行を獲得した。見晴らしがよい草原で生きることになった祖先人類たちは、つねに肉食動物に襲われる危険に直面することになる。しかし、四〇〇万年前に出現したアウストラロピテクス属の人類は一夫一婦制を通じて子どもをたくさん産むことにより、外敵に襲われるリスクを回避しようとしたと著者は説明する。そして二四〇万年前には現代人に連なるホモ・ハビリスが出現する。集団的な社会生活と道具の使用による文化進化はホモ属の大脳をさらに発達させた。

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 三〇万年前、ヨーロッパに出現したネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)は、同じころアフリカに現れたホモ・サピエンスとは時代的に共存もした姉妹種である。身体的に屈強でより大きな大脳をもつネアンデルタール人が最終的にホモ・サピエンスによって絶滅に追いやられるまでの経緯は本書の中でもとりわけ興味深い物語だ。ひょっとしたら私たちホモ・サピエンスは今ここにいなかったのかもしれない。

 仮説としての物語はそれを支持する証拠があるかどうかでその可否が判定される。断片的に残されたさまざまなデータを紡ぐことにより錯綜した人類進化の歴史を編み上げるためには客観的な論証がたいせつであることを著者は随所で強調する。これからも、新しい知見が得られるたびに、人類進化の物語は書き換えられていくにちがいない。

さらしないさお/1961年東京都生まれ。東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。現東京大学総合研究博物館研究事業協力者。著書に『化石の分子生物学』(講談社現代新書、講談社科学出版賞受賞)、『爆発的進化論』(新潮新書)など。

みなかのぶひろ/1958年京都府生まれ。国立研究開発法人・農研機構勤務。東京大学大学院教授。近著に『思考の体系学』等。