江戸時代に流行した、男女の性風俗の様子を描いた浮世絵である「春画」。その世界一のコレクターが、日本に居を構えるイスラエル人であることは、まったくと言っていいほど知られていない。
来日して約30年のオフェル・シャガン氏は、1万2000点以上の春画を所有する蒐集家であり、これまでに国内外でさまざまな春画展を開催してきた古美術研究家でもある。
なぜ春画に魅せられたのか? 奇想天外なコレクションを見ながら、春画の独創性について語ってもらった。(全2回の1回目/続きを読む)
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――すさまじい数の春画に圧倒されます。しかも、多種多様というかトリッキーな表現の春画も多く、驚きます。
シャガン 春画はとても面白いです。たとえば、私が好きな作品の一つに、愛していた夫を亡くした妻が、彼のお墓を抱きながら張型を付けて自慰にふけっている春画があります。人間のベーシックな感情が描かれている。
この春画の女性の顔を見てみてください。愛おしさと悲しさが混ざったような表情をしています。とても切ないと思いませんか?
一般的に、男女の性交が描かれているようなアートは、特に西洋では個人の性欲高揚や自慰行為の道具として使われる役割、いわば“感情”が含まれていない絵でした。
あるいは、生殖による繁栄を神や女神に祈願する男根崇拝的な宗教的なメッセージを含むものがほとんどです。ところが、春画は個人的な感情がうごめいているアート。見るたびに、驚きがあります。
性だけじゃない…春画の中で描かれているもの
――春画は単にいやらしいものではないということですか?
シャガン その通りです。春画の中で描かれるユーモアや皮肉を含めた人間の感情、情報を通じて、モラルや階級、流行、コンプレックスなど、当時の江戸の風俗や文化が見えてくる。娯楽や教育、抗議、ファッション、メディアなど多層的な意味合いが含まれたアートです。このような絵画は、世界でも類がない。
実際、春画がどれほどの影響力を持っていたかは、浮世絵の中で最も売れていた歌舞伎絵に次いで、2位の売上実績を誇ることから見ても一目瞭然でしょう。喜多川歌麿、葛飾北斎という名だたる浮世絵師も描いていたほどです。庶民にとって一般的なものであり、生活に欠かせない日常的な存在でした。