常勝軍団・大阪桐蔭の今年の主将にしてエースである前田悠伍のピッチングを初めて見たのは、彼が1年生だった2年前の秋季大阪大会5回戦だった。

 額に血管を浮かべ、修行僧のような険しい目つきでマウンド上でバッターと正対するように仁王立ち。プレートに足をかければ、美しいフォームで左腕をしならせて白球を投げ込んでいく。当時の球速は130キロ台なかばだったが、軌道がまったく垂れない理想的なフォーシームをストライクゾーンの四隅に集め、スライダーなどの変化球で打者を翻弄していた。

大阪桐蔭のエース、前田悠伍 ©文藝春秋 撮影・鈴木七絵

 大阪桐蔭への入学から半年にして、前田のチェンジアップはすでに魔球だった。バッターの手元で突然失速し、左斜め下方向へ曲がりながら落ちていく。

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 昨年ドラフト1位で横浜DeNA入りした1年先輩の捕手・松尾汐恩は、前田のチェンジアップを「ストレートの軌道から突然ボールが止まる」と表現した。この魔球で面白いようにストライクをとり、打ち気の打者の空振りを誘発した。

大阪桐蔭の投手が「怪物」と呼ばれない理由

 高校野球界でながらく一強時代を築く大阪桐蔭は、過去に春4回、夏5回の全国制覇を成し遂げている。

 前身校から大阪桐蔭高校が独立した年のエースだった今中慎二(元・中日)や、中田翔(現・巨人)、藤浪晋太郎(現・アスレチックス)、森友哉(現・オリックス)や根尾昂(現・中日)らOBの顔ぶれは豪華だが、不思議と大阪桐蔭の選手が「怪物」と呼ばれたことはない。

「浪速のダルビッシュ」と呼ばれた大阪桐蔭時代の藤浪晋太郎(右) ©文藝春秋

 その理由は想像がつく。中学時代に日本代表歴を持つような選手が全国から集まる大阪桐蔭は、ライバル校がやっかむ巨大な戦力によって「勝って当たり前」と見られている。他校にいれば怪物と呼ばれたであろう投手がいても、傑出した能力の集団である大阪桐蔭にいると「1人の力で勝った」ように見えないのだ。

 それでも私は、前田という才能に遭遇した日、世代ナンバーワンどころか「大阪桐蔭史上最強の投手」に成長する可能性を感じた。それ以来、同業者と大阪桐蔭関係者の失笑を買いながら前田を追いかけてきた。