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生きる技術を学ぶ

 休学して向かった先は、和歌山県西部にある美浜町三尾(みお)地区。選んだのには2つの理由がある。一つは、高校卒業時に図書室の司書から「読んでみなさい」と『カナダ移民排斥史』(新保満著、未来社)を贈られたこと。美浜町の西端にある三尾地区は、明治時代に多くの住民がカナダに出稼ぎ移民した地域で、同書は三尾地区出身者の一生を描いた本だった。もう一つは、岩永さんが好きなアニメ『AIR』の舞台が三尾地区だったこと。2年の夏に「聖地巡礼」の旅として同地を訪ね、贈られた本とも結びついたことに縁を感じた。

 三尾地区で生活した1年余りは、ゲストハウスの部屋の清掃や寝具の洗濯などをする代わりに宿泊料を免除してもらった。そのうえで、町おこしを進める地元NPOの活動に参加してアルバイト料をもらって生活費に充てた。三尾地区の歴史を伝える博物館「カナダミュージアム」の資料整理をしたり、地域の人々に聞き取り調査をしたりもした。空き時間には、なるべく地元の住民に話しかけ、輪に入っていくようにした。

「三尾地区の住民は500人弱ですが、半分くらいの人とは話しました。お年寄りが多く、『自分の孫みたいだよ』と言ってかわいがってもらいました。田舎での生活は楽しく、都会で見ていたものがいかに狭かったのか実感しました。僕は必死に勉強して東大に入りましたが、最初はゲストハウスの皿洗いもうまくできませんでした。地元の人は梅酒を漬けたり、家の修繕をしたりと、いろんなことができます。勉強ができる自負はありましたが、生きるうえで必要なことがたくさんあり、それを全然できないことを知りました。そして生きていくための基本的なことを、地域のおじいちゃん、おばあちゃんが教えてくれました。地域の人と一緒に生活した1年間が、僕の人生をガラリと変えました」

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1年2ヵ月休学した大学院農学生命科学研究科修士課程1年の岩永淳志さん

田舎で見つけた「グローバルリーダー」像

 東大に入ったときは官僚になりたかったという。あるいは外資系の企業で働くことも考えていた。高校では「グローバルリーダーになれ」と言われてきた。しかし、三尾地区での体験を経て、考え方が変わった。

「外資系や名だたる大企業に入ってエリートコースを歩むのが“グローバルリーダー”と思われていますが、喫緊の社会課題である限界集落といかに向き合うのかという問題は、全世界に共通する大きなテーマです。東大生の多くが考えがちな限られた将来像を目指さなくても生きていけるという確信を、田舎暮らしを通じて持てました」

 2020年10月に復学すると、産直通販アプリ「ポケットマルシェ」を運営する高橋博之(たかはしひろゆき)代表と知り合い、全国の学生を農村や漁村に派遣する「青空留学」の企画、運営に関わった。

 官僚への未練はあったが、自分がやりたいことは三尾地区にあり、三尾で新しいことにチャレンジしようと決意した。経済学部から大学院農学生命科学研究科に進学し、三尾の農村の歴史を研究した。