安定と挑戦のはざまで
休学が終わってからも3か月に一度は三尾に通った。話を聞いたときは、約40日後にカナダミュージアムで始まる企画展「日系移民の歴史展」の準備で忙しそうだった。
これから先のことをどう考えているのだろうか。
「いずれ三尾に移住したいと思います。古民家を活用して町づくりに取り組んだり、たくさんある空き家をリノベーションして店や宿にしたりしたいです。博士課程に在籍しながらになるのか、まだわかりませんが、自分が大切と思うことをするのが大事だと考えています」
岩永さんの周りには、休学経験のある東大生が十数人はいる。スタートアップでインターンしたり、地域おこし協力隊で1年半活動したり、1年かけて国内の農村を回ったり、と様々だ。休学する東大生がこの10年余りでほぼ倍増しているというデータを教えると、「へえー、そうなんですか」と言った後、こう語った。
「多くの東大生の頭のなかには、従来通りのエリートコースに乗りたい気持ちと、みんなと一緒ではいけない、周りとは違う何かをしようと焦る気持ちがあって、後者が休学するモチベーションになります。僕も美浜町に行ったときは、和歌山県内でたった一人の現役東大生だろうと気負っていました。けれど3年間通い続けると、滞在時に知り合った高齢者が3か月後に再訪したときには亡くなっていた、ということもあります。そうした経験を重ねて、自分も周りからの評価ではなく、自分が大切だと思ったことを一番にして生きようと思うようになりました。周りからも『人間が変わった。丸くなった』と言われます」
短期間の腰掛けではなく「本気」
「エリートコースに乗りたい気持ち」と「周りとは違う何かをしようと焦る気持ち」との葛藤。これは、休学を選択していない東大生でも、心のどこかに潜んでいる感情かもしれない。しかし驚くのは、岩永さんが「三尾地区に移住したい」と思っていたことだ。短期間の腰掛けではなく、本気なのである。
取材から半年経った2023年初めに近況を聞いてみると、「本気度」はさらに増していた。三尾地区には通い続けていて、最近は1か月に1週間は三尾にいると言う。「現地で古民家を購入し、住民票も移して本格的に移住することにしました。就職はせず、自分の行けるところまで自分で切り開いてみます」と今の心境を明かす。
休学期間の経験が「自分を変えた」と言う岩永さん。これからどういう人生を歩むにしても、貴重な経験を血肉にして、どこでもたくましくやっていけるだろうと思った。
「今までとは違い、自分の意志で動いてみたかった」