つまり、日常と非日常を融合させた駅リニューアルを目指すにあたり、魔法の世界ととしまえんの世界を融合させてそれを実現したというわけだ。
汽車もただ置くだけでなく、としまえん時代のデザインをそのまま、それでいて空から降りてきた魔法列車をイメージさせるレールのカーブのあしらいで、魔法の世界にも寄せている。その絶妙なバランスは、それこそまるで魔法のようだ。
さらに、駅舎そのものの外観はハリー・ポッターとはまったくほど遠いごく普通の白を基調とした駅舎。それは、日常使いの人や、駅前の城址公園を訪れる人が、外から駅を見たときに違和感を抱かないようにという思いからだ。そしてそこにも魔法の一工夫。10分おきに、駅舎正面のLEDスクリーンに映像が流れる。魔法の世界を表現しているようでいて、夏は花火など、季節を感じられる映像になっている。これもまた、日常と非日常の間のバランス、である。
ハリー・ポッターしかりムーミンしかり、強い世界観に寄せたリニューアルももっとできるけど…
もちろん、ハリー・ポッターの世界観ということでそれにもっと寄せたリニューアルもできないことはない。ただ、五味さんはそうしたリニューアルではなく、日常使いする人たちの思いもくみ取って、絶妙なバランスを追求する。これは、豊島園駅だけではなく、これまで携わった駅のリニューアルでも貫いてきたポリシーだという。
たとえば、2019年にリニューアルした飯能駅。ムーミンの世界観を楽しめるテーマパーク・メッツァの最寄り駅ということからリニューアルが行われた。その点は豊島園駅ともよく似ている。
「なので、ムーミンにもっと寄せてもいいのかもしれません。ただ、駅をテーマパークにしたくはない。なので、ムーミンのテーマパークが飯能を選んだのはなぜなのか、というのを考えたんです。
そしてフィンランド大使館にも相談させていただいて、どうせならば駅のデザインもホンモノのフィンランドを目指したいと。それでフィンランドのデザイン会社を対象にコンペを行いました。ただ表面的にムーミンに寄せるのではなくて、もっと本質的なものを引き出したいと思っています」(五味さん)
入社して間もない頃に携わったのが、武蔵大和駅のリニューアル。坂を登った先にある小さな駅だが、そこでも五味さんは五味さんらしいこだわりを貫いた。
「武蔵大和駅には駅前に桜の木が立っていて、それが名物だったんです。でも、普通は工事をするとなると伐採してしまうモノ。ですが、地元の方たちはその桜の木を楽しんでいるので、桜ありき、桜の下を縫って駅に行くような構造にしました。
あと、駅の中に小さな池があるのですが、それもそのまま残して魚も入れました。駅員さんも一緒に楽しんでくれますし、エサをあげてくれるお客さまもいるんです」(五味さん)
端から見れば、何の変哲もなさそうな橋上駅舎にもこだわりを持つ。多摩川線の多磨駅は、もともとの地上駅から2020年に橋上化。特に何か特徴があるような駅でもないようだが、五味さんは「あそこは制約もあって楽しかった」と振り返る。
「多摩川線は線路の上に高圧線が通っているんです。なので、それに支障しないように駅舎にもどれだけ高圧線から離さないといけないとか、いろいろ制約がありました。なので、その制約を逆手にとって、規定ギリギリのところにあわせるように駅舎の屋根をカーブさせました」(五味さん)