自身が出走するレースでわざと着順を落とし、高額配当を演出。そのレースの舟券を親戚経由で購入するという八百長事件……2020年1月8日、ボートレース界に大きな衝撃を与える事件が明るみに出た。
ここでは、事件の中心人物であった元競艇選手西川昌希氏の手記『競艇と暴力団「八百長レーサー」の告白』(宝島SUGOI文庫)より一部を抜粋。国税局に踏み込まれた日の朝、西川氏がとっさにとった行動とは……。(全2回の1回目/後編を読む)
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「国税」に踏み込まれた日
悪事は必ず発覚するといった意味の、中国の古い諺がある。世にはびこる悪いやつらを捕まえるのは「天の網」らしいが、俺にはそれが見えなかった。少なくとも「あの日」までは。
2019年9月25日。秋晴れの穏やかな朝、6時のことだった。
突然、インターホンのチャイムが鳴った。その瞬間、俺ははっきりと感じ取った。
〈俺やな。警察や……〉
かつて、育ての父が警察にパクられたときのことを思い出した。あのときも、今日と同じように早朝、いきなり刑事たちが自宅に踏み込んできたのだった。
競艇選手だった俺は、2016年より不正に手を染めていた。ついにそれがバレた 。俺は即座に、自分の携帯を手に取った。隠したとしても、どうせ見つかるだろう。やつらが入ってくる前に、証拠となるデータは消しておかなければならない。俺は、すぐに不正のやりとりにも使用した私用の携帯を初期化した。
起き上がった妻が、ドアスコープから外を見て言った。
「パパ、何かスーツを着た人たちがたくさん来てる……」
当時 、俺は三重県津市内のマンション1階に住んでいた。市内にある「津競艇場」(ボートレース津)はすぐ近くだ。窓からベランダの外を確認すると、すでに仲間と見られるスーツ姿の男たちが、ガッチリと周囲を固めているのが見えた。
ドアの向こうから声がした。
「西川さん! 名古屋国税局です!」
俺は「国税」と聞いて少し驚いた。警察じゃなかったのか。俺はインターホン越しに質問した。
「何ですか?」
「増川遵さんの脱税事件の関係先として査察します」
ジュンこと増川遵は1966年生まれ。今回の事件の共犯者であり、かつて名古屋を地盤とする山口組の中核組織「弘道会」に身を置いていた、俺とは親戚関係にある人物だ。
おそらく、ジュンの家にもいま、国税が踏み込んでいる。だが、ここで電話をかけている余裕はなかった。
ドアを開けると、10人近い国税の職員が室内になだれ込んできた。