『腹を空かせた勇者ども』(金原ひとみ 著)河出書房新社

 金原ひとみさんの新作『腹を空かせた勇者ども』は、4つの短篇の連作となっている。主人公は「レナ(玲奈)」、友だちは彼女のことを「レナレナ」と呼ぶ。「レナ」は、1作目では中学2年、2・3作目では中学3年、4作目では高校1年。いちばん長く描かれている中学3年が14歳だから、彼女は、どこにでもいる、「ふつう」の「14歳」の「女の子」ってことになる。そんな「レナ」を金原さんは、深い愛情をこめて描いた。

「レナ」は「ふつう」の「14歳」なので、いろんなことが起こる。同じバスケ部の「ヨリヨリ」や帰国子女の「ミナミ」が、家族とケンカして家出をしたので慌てて会いに行って、仲のいい中国人のコンビニ店員の「イーイー」を巻きこんじゃったり、なんとなくいいことをしてあげた気になって同級生の「駿くん」を怒らせちゃったりする。そんなときは、やっぱり「ママ」に相談してしまう。「ママ」には「パパ」と別に「彼氏」がいて、そういうのは許せない。でも、悔しいけど、いちばん頼りになるのが「ママ」なんだ。なにか大変なことが起こると、「ママ」は「レナ」のために俊敏に動いてくれる。そして「レナ」の間違いをぴしゃりと指摘する。そのことばは難しいけど、なんだか「正しい」ような気もする。でも、それを認めるのはイヤだ。「ママ」に負けちゃうのは。そうやって「レナ」は少しずつ成長してゆく。「ヨリヨリ」は、学校をやめて働くっていうし、「ミナミ」の彼氏は、めっちゃ束縛がきつそうだ。バスケ部を勝手に休部して、バンド活動を始めたら、また「ママ」に怒られた。「ママ」は正式に「パパ」と離婚して、「彼氏」と結婚するらしい。これから、「私」はどうなるんだろう。わからない。わからないけど、いまこの瞬間を大切にしたい、「レナ」は心の底からそう思うのだ……。

 ぼくは、この小説を読みながら、ずっと興奮をおさえられなかった。なぜなら、ここには小説でもっとも大切なことが書かれているように思えたからだ。

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「誰に向かって書きますか?」と訊かれた時、ぼくはいつも「100年後の14歳の子のために」と答えてきた。ぼくたちは、「14歳」で「自分」になる。それまでは「自分」以前だった。けれども、気がついたら「自分」になっていた。それが「14歳」だ。経験や知識がなくても、そのときからぼくたちはみんな「自分」になる。そんな、生まれたての「自分」に向けて書きたい。ずっとそう思ってきた。「レナ」は、ただの登場人物じゃない。すべての作家が語りかけたい理想の読者なんだ。そんな「レナ」に語りかける「ママ」は、だから、作者の分身だろう。「ママ」のことばは「レナ」にとって難しい。でも、いつかわかってくれるはず。そう信じて、「ママ」は語りつづけるのだ。作者の金原さんのように。

かねはらひとみ/1983年東京都生まれ。2004年『蛇にピアス』で芥川賞を受賞。10年『TRIP TRAP』で織田作之助賞、12年『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、20年『アタラクシア』で渡辺淳一文学賞、21年『アンソーシャル ディスタンス』で谷崎潤一郎賞、22年『ミーツ・ザ・ワールド』で柴田錬三郎賞を受賞。
 

たかはしげんいちろう/1951年生まれ。2012年に谷崎潤一郎賞を受賞した『さよならクリストファー・ロビン』など著書多数。