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――真相についての情報を小出しするテンポなど構成も丁寧に考えられていますよね。その一方で、インタビューするように執筆したということは、相手が予測もしないことを話しだす部分もあったかと思います。それをどうやって、ここまでミステリー部分と絡めてうまくまとめたのかなあと。

永井 そこまで考えていたわけではなかったです。この人はミステリー要素のこの部分を語る係と決めて、後は自由に語ってもらう感じでした。それと、雑誌連載だったので、最後まで読まないと全貌がわからないにしても、一回一回短篇としてちゃんと面白いと思ってもらえるように考えました。

 衣装係のほたるさんや、小道具の久蔵さんの代わりにおかみさんが語り出す話に関しては、その一篇だけで「すごく面白かった」などと反響があってよかったです。

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©文藝春秋(撮影:深野未季)

「背を向ける勇気」もある

――語り手の一人一人の来し方に人生の壁や岐路、そこからの決断があって、どの話も本当にぐっときました。

永井 私自身、こうなった時にどんな言葉を言われたら救われただろうとか、あるいはどうしたらよかったんだろうということを考えながら書きました。たとえば、ほたるさんは衣裳部屋で働く前、仕立て屋の職人だった頃に職場の先輩から理不尽な理由で蔑まれます。そのまま働き続けることができるかといったら、私だったら先輩を敬い続けることはできないな、などと考えました。

 関係を切ることは難しいけれど、軽やかに切れるならそれはそれで強さだよなとか、それを「逃げ」だと言う人もいるかもしれないけれど、背を向けるのも勇気だったりするのかなとか。追い詰められて心を病む前に、メンタルダメージを最小限にして再起を図ったほうがはやいぞ、という思いがありました。一回本当に砕けてしまうと、そこから再起するのってすごく難しいので。

 健康雑誌のライターをやっていた頃に、メンタルヘルスに関する取材もいろいろしたんです。「この時こういう選択をしていたら、もう少し気持ちが楽になっていたかもしれない」と、自分や周りの人の実例や、先生に聞いたお話なども含めながら考えました。心を守るのは難しいし、同時にすごく勇気が要る、ということは今回のテーマのひとつにしていたと思います。