――高校1年生の頃に書いて学生向けのコンクールに送って入賞したのが、義経の話だったそうですね。その頃に集めた資料が、昨年直木賞の候補となった『女人入眼』を執筆する時のベースになったというから驚きです。
永井 1993年くらいに買って付箋を貼りまくった『吾妻鏡』などの資料が大量にあったので、『女人入眼』を書く時に活用しました。解釈本は新しいものにアップデートしなければいけませんでしたが、鎌倉の地図なども充分使えました。
一番最後に「江戸」にはまった
――2010年に小学館文庫小説賞を受賞したデビュー作『部屋住み遠山金四郎 絡繰り心中』(応募時のタイトルは「恋の手本となりにけり」)では江戸時代を書かれていますが、はまった順番としては江戸が一番遅かったのですか。
永井 そうですね。江戸には最後にはまったんですけれど、歌舞伎は小学2年生の頃から好きでしたし、父方のお墓が浅草にあったり、母方の実家が静岡県の大井川のほとりの島田宿で子供の頃から東海道五十三次の話を聞いていたりしたので、江戸時代の名残みたいなものはずっと感じていました。それを自分なりに解釈しようと思った時に、江戸が好きになったのかもしれないです。
――ライター時代にはいろいろ歌舞伎関連のインタビューもされていたそうですね。取材の際に芝居小屋の奈落を見たりもされている。今回の作品の主要人物である、芝居小屋の裏方の人たちのことも見てきているという。
永井 裏方について書いたのはライター時代にイベントの裏方に回った経験があったのも大きいです。「GQ JAPAN」という雑誌の「GQ MEN OF THE YEAR」というアワードがあって、私は第1回目の仕切りメンバーの一人だったんです。
当日は裏方らしく黒い服を着て、バタバタ走り回りながらゲストの方を迎えて「〇〇さん来ました。入ります」「このタイミングでライティングが変わるので入ってください」などとやって、それがすごく楽しかったんですね。
もちろん主役は舞台の上に立っている人たちですが、裏側の人たちも目いっぱい楽しんでいる部分があるなと思いました。それで、舞台の裏方にスポットライトを当てたい気持ちがありました。
ライター時代の経験が「ネタになっています」
――今作には与三郎という殺陣の指南役も登場しますが、ライター時代、殺陣の先生にエクササイズの指導をお願いしたりもされたとか(笑)。
永井 健康雑誌のダイエット企画で、「和の動きのエクササイズを」っていう無茶ぶり企画を自分で立ち上げて、歌舞伎役者さんと殺陣師さんに動きを教えてもらいにいきました。完全に自分の趣味でした(笑)。そういうことが、今回全部ネタになっています。
――若侍が裏方たちに聞いてまわる、つまりインタビュー形式なのもご自身の経験があったからでは。執筆時は、登場人物たちを前に座らせ、レコーダーを回して「はい、喋って」と、まさにインタビューする感覚で書かれたそうですね。
永井 大まかな設定だけ決めて、脳内の架空の人物たちに話を聞いていく感覚でした。それで、予想外の話が出てくればこの話は成功するなと思っていました。実際のインタビューでも、その場の空気をいかに伝えるかを考えるんですが、今回もそれは同じでした。