7月19日、第169回直木三十五賞の選考会が開催された。受賞作は、垣根涼介さんの『極楽征夷大将軍』(文藝春秋)、永井紗耶子さんの『木挽町のあだ討ち』(新潮社)に決定。
受賞発表の翌日、垣根涼介さんに話を聞いた。
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――『極楽征夷大将軍』での直木賞受賞、おめでとうございます。昨日は発表までの間どこで待たれていたのですか。
垣根 コリドー街の店で編集者たちと待っていました。受賞の電話がかかってきた時、僕、トイレにいたんです。編集者が「垣根さん電話鳴ってます!」って携帯電話を持ってきて。トイレの中で受賞を知りました。
――そんなシチュエーションだったのですか(笑)。垣根さんは2000年に『午前三時のルースター』でサントリーミステリー大賞を受賞してデビューされていますが、2013年に『光秀の定理(レンマ)』を発表して以来、歴史小説を書き続けています。ちょうど10年経ちましたね。
垣根 ようやく1本目、という感じです。
――1本目?
垣根 僕、現代小説では結構賞をいただいたんですけれど、時代小説は5、6回候補になって、全部受賞には至らなかったんです。さすがにそれくらい落ち続けると「うーん」と思うんですよ。本の売上とは別に、やはり同じプロの書き手からも評価して欲しいな、とは思っていました。
足利尊氏を描いた理由は
――受賞作は室町幕府の初代征夷大将軍となった足利尊氏の生涯を、弟の直義、側近の高師直の視点から描く物語です。尊氏のボンクラぶりがかなり笑えますが、なぜ彼を書こうと思ったのですか。
垣根 なんとなくパラパラッと資料を見ていて、面白そうだなと思って。いつもそんなところから始まるんです。
たとえば、尊氏は隠し子ができた時に、なんら自分で問題を処理しないんですよ。「こいつは、ほんとにどうしようもないな(笑)」と思ったのがきっかけだったかもしれないです。その最低ぶりが、なんかフックになったんですよね。初代征夷大将軍になった奴が、隠し子を作って、その対応もうまくできないくらい世事に疎いって、面白いじゃないですか。
――勅撰和歌集に「自分の歌を載せてほしい」と訴えるような歌を応募したり、緊急時に仮病を使ったり、戦の現場でも何も考えてなかったり。それを懸命に直義と師直が支えるという。
垣根 全部本当のことです。
――最初の場面で、まだ幼い兄弟が海辺で流木の木端を波間に放って右にいくか左にいくか当てるゲームをしますよね。尊氏は高い確率で当てる。あれ、感覚的にビッグデータを分析できる能力があるのか? と思いました。
垣根 あの場面はフィクションです。結局、尊氏のすごさって、何も考えないすごさなんですね。何も考えていないということは、常にバイアスがかかっていないので、見たままを全部自然に処理できる。あえて解説するとそういうことだと思います。