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垣根 構造主義はある種、社会の中に位置付された人間の関係性を物語っているところがありますよね。僕は、その最たるものが歴史小説だと思うんです。たとえば足利尊氏は、鎌倉幕府を滅ぼして朝廷を作って南北朝ができる時代の、社会の骨格の中にいる一人だと捉えられる。なので、構造主義のイロハくらいは押さえておいたほうがいいのかなと思い、そうした本を読みました。

©文藝春秋(撮影:深野未季)

時代小説を書くためのトライアル

――歴史小説を書く準備と聞いて、歴史に関する資料や先行作品を読んでいたのかと思っていましたが、そういう本も読んでいたのですね。

垣根 そうですね。実践編としては、『ワイルド・ソウル』や『ゆりかごで眠れ』で時代小説のトライアルをやりました。

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『ワイルド・ソウル』の50年くらい前に南米に渡った日本人の部分や、『ゆりかごで眠れ』のコロンビアで育った日系の孤児の話の部分ですね。50年前を書ければ50年を8倍にして400年前が書けるだろう、と。

 プラス、日本でない国を書ければ、同じ日本でも戦国時代の日本は今の日本とは違う国なので、そのやり方も応用できるはず、という。

『光秀の定理』(角川文庫)

――2013年に『光秀の定理』を発表されましたが、いよいよ満を持して、という感じだったのですか。

垣根 満を持してという感じでもないです。一発目だったので、自信がないわけですよ。だからなるべくシンプルに一個の理論でやろうとして、モンティ・ホール問題でやりました。確率論ですが、モンティ・ホール問題の根本ってものの見方によっては構造主義そのものなんです。

――そして『室町無頼』という大長編を発表されて。

垣根 応仁の乱が始まる前までを書きたいとずっと思っていたんです。なぜかというと、明治維新までの間で一番貨幣経済が発達していた時期だから。当時は貫高制で、江戸時代になると石高制になります。貫高制って銭の世の中で、銭は流動性が高い。流動性が高いものが経済のメインにくると基本的にマネーゲームが始まる。周りの人間も焼かれるように動き回る。室町幕府が滅びた根本原因というのは貫高制をメインに置いたことですよね。

 僕が『室町無頼』を書こうと思った直接の理由は、比叡山が金貸しをしていたと知ったから。やっぱりショックじゃないですか。何をやっていたかというと、自分たちが金主になって街金にお金を貸すんです。比叡山と街金で年利ほぼ100%という結構えぐいことをやって、そんなの返せるはずがないから子供をとられたりする。「神様から借りたお金なんだから返すのが筋だろう」みたいなことがまかり通っていたんです。それを知った時、あの時代の話を書けば現代の話になると思いました。

 それと、室町時代は政治と武家の中心が京都に一極集中しているので、今の東京と一緒だなと思ったんです。地方で食えなかった人間が都に出てきてマネーゲームであえいで、セーフティネットから落ちこぼれていく。というような状況の中で「やってらんねえ」という人間が出てきて、寛正の土一揆が起こった、という話です。