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元中日・英智が明かす、中堅・ベテラン選手が守備でミスをする“意外な理由”

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/08/01
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なぜ中学生の自分が一塁ランナーの本塁突入を防げるのか?

 中学生の自分なら、打った瞬間もすぐに判断できず、スタートも遅く、ボールを見ながら追っかけていき、捕れるかどうかも自信がなく、早々に捕球を諦めて、フェンスから跳ね返ってくるボールを待つでしょう。そして転がってくるボールを掴み、急いで振り向いて山なりの送球でショートの井端さんに投げて、後を託します。井端さんは鋭くランナーを牽制してホーム突入を防ぐはずです。するとどうでしょう。プロ野球選手の私では一塁ランナーを三塁で食い止めることができなかったのに、中学生の私ならできたのです。目的達成です。

 中学生の自分が守っていた方が良い結果になってしまう。これでは困ります。この状況はただでさえ必死に目の前のボールを夢中で追ってしまいがちになりますが、代償が大き過ぎる結果にもなる。こうした場合は「一生懸命なり過ぎない」と考えるのがポイントです。

 でも、次に困ってしまうのが「あれをしたらダメ、これをしてもダメ」と失敗を想定し過ぎて臆病になってしまい、せっかく若い頃、必死に体に覚え込ませて捕れるようになっていた打球が捕れなくなってしまうことです。

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 勝負を決する場面では、一瞬の判断の迷いが致命傷になります。経験を積んでいる守備の上手い選手なのに、なぜ今の打球を捕れなかったの? なぜエラーしたの? なんて場面は、おそらく肉体的な衰えというよりは、思考的な部分で迷いが生じて一歩目が遅れ、エラーに繋がっているのかもしれません。今のドラゴンズで言うと、ちょうど加藤翔平選手、後藤駿太選手などは、その恐怖と戦っている最中ではないでしょうか。

 私が彼らぐらいの年齢のときには、「プロ野球選手の自分」と「中学生の自分」の二通りの自分を用意して天秤に乗せ、いざボールがバットに当たった瞬間にどちらの自分でプレーするのかをチョイスしてスタートを切っていました。

 消極的になり過ぎても、積極的になり過ぎてもダメ。若い頃は思わず反応して飛び込んで捕球していた打球に対しても、以前は持ち合わせていなかった「まず一歩踏み出す勇気」というスイッチボタンをあえて設けるようにしていました。押すか押さないかを瞬時に判断していたのです。

 経験から成し得たノウハウさえも邪魔になってしまうことがある。プロ野球選手の平均寿命は29歳前後と言われたりしていますが、それぐらいの年齢を迎える頃の選手のナイスプレーには、こうしたひと味違う見所が隠れていたりします。

 ベテランになると、結局のところ、「捕れるボールは捕る!」という強い気持ちで守るしかないという境地に返ってくるのですが、そこに辿り着くには苦労しました。

 最終的に私は守りにつくとき、「最高のプレーの最悪のプレー」「あれはダメ、これはダメ」などの想定を頭の中の鉛筆で思い当たるだけ箇条書きで書き出して、その書いた鉛筆の文字を意識の中で薄くなるまで消しゴムで消していき、うっすら微かに見えるその項目を頭の片隅で想定しながら、後はボールが飛んでくる瞬間に「まず一歩踏み出す勇気」のスイッチボタンを押すのか、はたまた「中学生の時の自分」でプレーするのかをチョイスして守っていました。これが、私が辿り着いた最善のプレーをするための思考であります。

 相手ではなく、まず自分の中の存在していた恐怖心と戦って勝たなければ、本当に良いプレーは生まれなかったというわけです。

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