菊地 そもそもそういった美しさを持ち合わせていないですし。幸いなことに、面白い監督やプロデューサーの方が声をかけてくれて、たまたまそこに気を遣わなくていい、好きな芝居をピュアにやれる環境にいられた。確かにいろいろなことに対応できたら違う道があったかもしれないけど、一概になにがいい悪いとは言えないですよね。
――今回の『658km、陽子の旅』まで、ここ数年は仕事のペースを少しスローダウンさせているような印象がありました。
菊地 32歳のときに結婚して、日本に帰ってきたんですけど、「帰ってきました」と手を挙げても自分のまわりの空気があまり変わらない感覚があったんです。この10年くらいは仕事をしたいと思っても具体的に進むことが少なかったなと感じます。出産をして、もちろんその影響もあったと思います。
――女性の俳優の場合、“年齢の壁”があるとは以前から言われていますよね。
菊地 30歳を過ぎると、たしかにこういう感じになるんだなとは思いました。私としては、まず日常があって、その先に仕事があると思っているんです。だから妻になったこととか、子供を産んで母親になったこととか、そういったことをないがしろにしたくない。
日常を大事にしながら、仕事ができる環境を整えたいとずっと思っていたので、どうしたら仕事ができるんだろうっていう焦りみたいなものはありました。どうしよう、もうこのままなのかなって。でもそう感じていたときに『658km、陽子の旅』のお話をいただいて、しかも監督が熊切(和嘉)さんだったから本当に輝いて見えましたね(笑)。
「あの頃と変わらないねって泣きました」
――『658km、陽子の旅』は熊切監督と22年ぶりの再会を果たした作品で、菊地さんにとっては初となる日本映画の単独主演作です。扮するのは42歳のシングル女性役。彼女は疎遠だった父の死を知り、ヒッチハイクで東京から青森を目指します。セリフはほとんどなく、周囲とうまくコミュニケーションを取れない役柄ですが、その表情やおぼつかない言葉から、彼女の抱える痛みがありありと伝わってきました。
菊地 嬉しい! ありがとうございます。
――役のために、どんな準備をしましたか?
菊地 台本を読み込んで、役のこれまでの道筋――小さい頃のことや、もう思い出したくない過去のこと、そこから現在に至るまでの足取りをいつもと変わらず、具体的に考えていきました。いっぱい考えましたね。