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 なおかつ、今回の役にははっきりとした矢印がある。父の出棺に間に合うように、実家へ向かわなければならないので、過去からそこへとつながる矢印を明確に描くことができたような気がします。

 熊切さんが役になにを求めているかも想像しました。その点では、私の想像と熊切さんの考えにほとんどズレはありませんでした。だから撮影初日から同じ場所に立って、一緒に歩いていけたのかもしれません。撮影が始まったら準備してきたこと以上に、現場にいる熊切さんの姿とか、自分たちが同じ場所に立てているという自信とか、そういうことのほうが自分を強く動かしてくれたと思います。

©榎本麻美/文藝春秋

――結果的に『658km、陽子の旅』は上海国際映画祭で最優秀作品賞と最優秀脚本賞を受賞し、菊地さんは最優秀女優賞に輝きました。予算が潤沢にある作品ではなかったはずですが、豊かな映画ができましたね。

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菊地 現場のスタッフは20人ほどで、海外作品と比べたらはるかに少なかったんですよね。でも正直なところ、これでもなんとかなるなって。22年前に熊切さんとご一緒した『空の穴』(2001)の現場もそうだったんです。そのときのことを思い出しながら、熊切さんとふたりでじーんとしちゃって。あの頃と変わらないねって泣きました(笑)。

 人数が少ない分、現場のひとりひとりが役割と責任をしっかり負っている。アレハンドロ(・ゴンサレス・イニャリトゥ)が話してくれたことで、いまも覚えているのは、「たったひとりのクルーが映画を台なしにしてしまう可能性があるんだ」と。それはネガティブな言い方かもしれないけど、要するにひとりひとりの仕事が作品に襞として刻み込まれるということですよね。そこには楽しさがあるし、やりがいもあると思うんです。

©榎本麻美/文藝春秋

 そういう現場を久しぶりに体験して、それがまた自分が40歳を過ぎてからのものだったので、なんだかもう宝物みたいな時間でした。結局のところ、自分が好きなものはずっと変わらないし、なにも変わらないところに自分はいるんだなって。やっぱり映画が好きだという初心の気持ちを再確認できて嬉しかったです。

日米でキャリアを積んだ彼女は変化し続ける映画界をどのように見ているのか

――ここまでキャリアを振り返ってきましたが、優れた演技のために、もっとも大事にしているのはどんなことですか?