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 会見の中で、兼重氏は自分のことを被害者だと思っているのか、それとも加害者だと思っているのかと問われ、「う~ん」と唸ってうつむいたあとにこう答えている。

「私のほんと、管理不足でこういうことを招いてしまったということ、それは私どもの責任と考えています」

 ここには、兼重氏の『コントロールの錯覚』が働いている。『コントロールの錯覚』とは、実際は自分がコントロールできないことでも「自分がコントロールしている」と感じてしまうことだ。

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 実際、今回の問題が公になるまで、兼重氏は会社をコントロールできていると信じていたはずだ。「利益の数字しかみていなかった」ともいい、「現場でどういうことが行われているのか全く知ろうとしていなかった」という。

 利益が上がる=コントロールできていると考え、現場で起きている出来事の詳細は知る必要がないと考えていたのだろう。

ゴルフボールに罪はない ©AFLO

反省しているのは「コントロールに失敗したこと」?

 会見全体を通しても、兼重氏が反省しているのは顧客に迷惑をかけたことや社員に不正を働かせる企業風土を作ったことではなく、「もっとうまくコントロールできたのでは」という部分だったように見える。それが、まるで被害者のような身振りにも表れていたのだろう。

 兼重氏の「強すぎるリーダーシップ」は、創業者一族が会社を支配・統治し、成長させる過程ではもしかしたらプラスの効果をもたらしたのかもしれない。だが結果的に本人のバイアスを強化し、企業の体質や風土に深く入り込み企業を劣化させたのかもしれない。

 水増し請求をするためにゴルフボールで車体を傷つけた社員の行為に対し、「衝撃的で一線を越えている。(中略)ゴルフを愛する人への冒涜です」という“迷言”も残した兼重氏。本人がゴルフを好きなのは構わないが、車や顧客よりも無意識にゴルフを庇ってしまうようでは、「一線を越えている」のは兼重氏本人の感覚だったかもしれない。