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大悟被告の実の父母が振り返った“不遇な生育歴”

 富士子被告は、旬子さん殺害には関わったが、和彦さん宅にも同行するよう求められ、これを断っている。だが大悟被告の怒りを買い、激しい暴力を受け、40日間の入院を余儀なくされた。それ以前にも、大悟被告が祖母の思い出の指輪を無断でメルカリに出品していたのを止めようとして、暴力を受けている。「とても悲しいけれど、大悟には二度と会いたくありません」と意見陳述で、息子への思いを語っていた。

 実の母にこう言われた大悟被告について、公判で弁護人は「不遇な生育歴があった」ことを主張していた。被告は代理店に勤める実父の海外赴任にともない、幼い頃から韓国やイギリスで暮らしてきたが、両親が不仲となり、激しい喧嘩も目の当たりにしてきた。元夫婦である富士子被告と実父はそれぞれ当時をこう振り返る。

「大悟を妊娠中から家事の協力がなく私は神経症を発症していました。大悟が幼い頃は、元夫からの暴力もあり、叩かれたり、噛みつかれたり、床に押し付けられ息ができなくなったりしました。それを見ていた大悟は私のところに来て『ママ死なないで』と……。大悟を連れて別居しましたが費用を全部は払ってくれませんでした。元夫はストーカーのようになり、幼い大悟はメンタルパニックを起こしていました」(富士子被告の証言)

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一倉大悟被告の実家 ©高橋ユキ

 元夫からの暴力や経済DVがあったことを証言した富士子被告。かたや当の元夫、大悟被告の父は調書で“姫野家との確執”のために大悟被告への学費援助を打ち切ったことを明かした。

「インターナショナルスクールの卒業式に、富士子ら姫野家の人間が参列していた。私が学費を出して通わせていたにもかかわらず、姫野家は堂々と最前列に……常識がない。『大学の学費はそちらで払ってください』と告げた」(実父の調書)

 父親の仕事の都合で環境が頻繁に変わり、落ち着かない幼少期を過ごした大悟被告は、大学の進学も、両親の都合で危ぶまれていた。そのためブリティッシュ・コロンビア大学の学費は途中から「麻薬密売をして自分で稼いだ」のだという。被告人質問で検察官の問いに答える形で、“密売人”と“大学生”の二足の草鞋を履いた当時の生活について言及していた。

「1年目は学費を出してもらえたが、2年目以降からは出ず、バンクーバー近くで麻薬売買組織を立ち上げ、その金で家賃や学費、旅行代など生活コスト全てを払っていた」

 被告の心理鑑定を行なった鑑定人は、被告がこうした経験を経て「愛情があるなら金を出すという理解をした。金銭は愛情を実感できる道具」と考えるようになったと分析する。くわえて「身内への甘え」もあったと述べる。

 弁護人は「不遇な生育歴で精神が未熟なまま成長した」などと弁論で述べ有期刑を求めていたが、裁判所は「犯行当時30歳であり、社会人として生活を営んでいた時期も相応に長い。この点を考慮するにも、おのずから限度がある」と退けていた。

 裁判長による判決言い渡しを黙って聞いていた大悟被告は、この3日後、控訴を申し立てている。