対局者も、解説の棋士たちも着地点がわからない
104手目に豊島が1分将棋に。109手目には、藤井の時間も切れて両者一分将棋となった。豊島は藤井のハードパンチを受け続けていた。この詰めろで決まったか? いや、馬をずらして玉の逃げ場を作りつつ、その馬が藤井玉をにらむ。この詰めろはどうだ。いや、角打ちの王手で詰めろを防ぐ。と、何度も攻防手を放つ。
121手目、豊島の角が捕まり、さすがに終わったか? いや、闘志はまだ消えない。130手、△3七桂不成とただ捨てをして、続けて馬で王手、そしてじっとと金を寄る。両手を上げて自玉はノーガード。「俺を捕まえてみろ。ただし間違えたら許さんからな」と、と金が叫んでいる。対局者にAIの評価値なんて関係ないのだ。
これにはさすがの藤井も慌てた。何度も口に手を当てる。座り直す。9まで秒を読まれて持ち駒の歩をつまみ3三に打つ。歩がマス目に入らず、斜めに傾いている。指してから頭をかき、駒の乱れを直す余裕もない。
「なんですかこれは?」解説の杉本昌隆八段が怪訝そうな声を上げる。対局者も、解説の棋士たちも、この将棋の着地点がわからない。攻守一転、△2九銀と豊島がパンチを放ち、藤井玉に初めて詰めろがかかった。3三歩を打ってしまったために、もうその筋には歩が立たない。
「彼めちゃめちゃ強くないですか?」というと、畠山がニヤッと笑った
これは格闘だ。両者流血もいとわず、素手で殴り合う。画面上からでも両者の気迫が伝わってくる。
将棋ファンの注目を集めた本局は、ABEMAほか3つの中継があった。私はタブレットとパソコンですべて観戦していたが、だんだん息が苦しくなってきた。
棋士というのは自分さえ勝てばよいという自己中心的な傲慢さが必要だ。自分以外の誰が勝っても関係ないという平常心が求められる。しかし、この対局は別だった。
藤井の八冠チャレンジを見たくないといえば嘘になる。しかし、豊島が負けるところも見たくない。彼がまだ四段に上がる前、関西将棋会館で、練習将棋で先輩棋士をコテンパンに負かすのを見て、あまりの強さに驚いたことをまだ覚えている。畠山鎮八段に「彼めちゃめちゃ強くないですか?」というと、畠山が「これから関西若手は伸びていきますよ」とニヤッと笑ったことを覚えている。2018年、フルセットの末、羽生善治九段から棋聖を奪い、初タイトルを獲得したときの、ホッとした表情を覚えている。豊島の肩書が九段のままでいいわけがない。