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終局後のインタビューで藤井の笑顔は見られず

 藤井は後手玉の逃亡を阻んでいた5六の銀を引いて3筋を受けるが、玉周りの金銀が剥がされ再び詰めろがかかる。さあ、「詰めろ」と言われればいくしかない。藤井は竜、桂打ち、桂打ち、と王手ラッシュする。あら? 豊島玉はけっこう危ないぞ。玉を寄って逃げるが、歩打ち、角打ち、そして155手▲7七銀打……。なんと、この銀打ちで決まってしまったではないか。

 王手しつつ自玉の左側をガードして詰めろを防ぐ、攻防手になっている。最後の最後に藤井の、それこそ詰将棋のような手順が現われるなんて。いったいなんてシナリオを1分のうちに見出したんだ。

 将棋は必ず勝者と敗者を分ける、残酷なゲームだ。終局後のインタビュー、藤井に笑顔はなかった。苦しみに苦しみ抜いた顔だ。内容にも満足していないのだろう。

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 豊島は、「難しい将棋だったと思うんですけど、チャンスを逃したかなと」と、言葉の端々に悔しさをのぞかせつつも、質問した記者をしっかり見て答えた。

激闘を終えた二人の感想戦は、すぐには終わらなかった

「こんな手は人間には指せないよ」ではなく…

 朝9時から開始して終局が21時15分と、丸12時間以上の激戦、しかも秒読みだけで50手以上だ。

 ヘトヘトだから、すぐに感想戦は終わるだろうと思ったが違った。両者の言葉は少ないが、仕掛けの前後から互いの読みの答え合わせをする。なるほどそう読んでいたのか。ときどき両者の表情が動く。そして149手、最後の桂打ち王手の局面、新聞解説担当の山崎隆之八段が恐る恐る「ソフトの手で申し訳ないのですが」と前置きして、△5四玉と引く手を示す。次に▲3四竜と王手されるのでまず読まない手だが、そこで銀を合い駒すれば難しいと。

 藤井が「こんな手があるんですか」と笑えば、豊島もつられて笑い返す。

 藤井が指で歩をくるんくるんと回し始めた。感想戦を面白がっている証拠だ。「こんな手は人間には指せないよ」ではなく、「こんな手があるんだ、将棋って面白いな」という顔だ。過酷な戦いだったというのに、それでも将棋を楽しんでいる。豊島も、痛い敗戦にもかかわらず感想戦でもしっかり考えている。

 この将棋には「八冠挑戦決定」などという宣伝文句はいらない。ただただ名局だった。できれば一発勝負ではなく番勝負で見たかった。

 そうだ、また2人のタイトル戦が見たい。

写真=石川啓次/文藝春秋

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