墓室内を図面化するための2つの問題

 当時、墓地の発掘は佳境に入っており、地下10メートルほどの深さに掘られた大きな墓室からは、青銅器や漆器(しっき)、貝製品など、貴重な遺物が次々に出土していたところだった。

 問題はこれらの遺物の保存状況が悪く、取り上げたら原形がわからなくなりそうなくらいに脆くなっていたことであった。このような場合、遺物を取り上げる前に詳細な図面を残さなければならない。

 現場の視察に来た指導教授から墓室の図面を取るように指名された私は、日ごろの発掘での遅れ(主に中国語が下手なことに起因する)をとり戻すべく、鼻息を荒くして地下の墓室に乗り込んだ。

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 墓室内の遺物の出土状況を図面化するにあたり、問題は2つあった。1つは作成する図面の縮尺が実寸大であったことである。つまり、20平方メートルの墓室の図面をとるためには、20平方メートル分の方眼紙が必要になるの。もちろん全てにまんべんなく書き込みが必要なわけではないが、実寸大での遺構の図面をとったことのない私には、たいへんな労力である。

 もう1つの問題は、その日の作業が終わるまでに完成させるという時間制限があったことである。やったことのない大作業を、当日中に終わらせる、これは実現不可能なミッションのように思われた。思われたが、やるしかない。

いざ墓から出ようとしたら…

 私は方眼紙の束を脇に抱え、地下の墓室に下り作業を始めた。11月も下旬になると底冷えのする寒さである。幸い、10メートルも地下に潜ると風もなく日中の寒さはそこまで気にならなかったが、今度は地上の声が聞こえない。作業内容も一人で黙々と図面をとり続けるだけなので、完全に無音の孤独な作業である。日が昇っている間はまだよかった。民工が自宅に帰る夕方になっても作業は終わらず、図面をとり続ける。

 18時を過ぎるともはや陽は差さず、手持ちの懐中電灯の明かりだけが頼りであった。

 結局、図面は20時過ぎに完成した。描き終えた図面を照らし、時間のないなかではそれなりによくできたのではないかとひとしきり自賛したうえで、いざ墓から出ようとしてふと気づく。出入口が閉まっている。大型墓の発掘中は、夜間の盗掘を防ぐために出入口に木の蓋をするのだが、もちろん中に人がいるときは蓋を閉めない。どうやら、先生や技工たちは私のことを忘れて工作站に帰ってしまい、そうと知らない守衛のおじさんが出入口を閉めてしまったようだ。これはまずい。