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「守衛のおじさんが出入口を閉めてしまったようだ」地下10メートルの大きな墓に閉じ込められた考古学者の脳裏によぎった“ある不安”

「守衛のおじさんが出入口を閉めてしまったようだ」地下10メートルの大きな墓に閉じ込められた考古学者の脳裏によぎった“ある不安”

『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』より #2

genre : ライフ, 社会

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実現不可能なミッション

 通常の発掘現場では大学の教授や研究所の研究員といった研究者が責任者として発掘を取り仕切るわけだが、忙しい先生たちはずっと現場に張り付いているわけではない。

 実際には技工(ジーゴン)と呼ばれるプロの発掘屋さんたちが研究者の手足となり、作業員として雇われた地元の農民(民工(ミンゴン)と呼ばれる)を指揮しながら調査を進めることになる。

 私が参加した2007年の周公廟遺跡の現場も同様で、技工・民工のほかには似たような立場の大学院生が2~3人いるのみであった。これらのメンバーが工作站(こうさくたん)と呼ばれる宿舎兼作業場兼倉庫に寝泊まりしながら、半年近くの遺跡発掘にあたるのである。

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 今となっては良い思い出だが、この経験を通じて中国の発掘調査の概略をおおよそ知ることができたのは大きな収穫であった。

「日本人ならきれいな図面が描けるはず」というプレッシャー

 日本と中国の発掘方法には、同じところもあれば異なるところもある。大きな違いの一つは、「誰が図面を描くのか」という点だ。

 日本の考古学者は、基本的にはすべての図面を自分で描く。遺跡の平面図から遺物の出土状況の図、個々の土器の実測図など、ある意味職人的な技術で図面を描くわけだが、中国では遺跡や遺構の図面は考古学者が描く一方で、土器や石器の図面はプロの絵師さんが描くことも多い。場合にもよるのだが、中国の方がより分業的だともいえる。

 このあたりの違いを中国の研究者も良く知っていて、「日本で考古学を学んだのならば、きれいな図面が描けるはずだ」というプレッシャーを我々はよく受けることになる。

 全く関係ない話だが、中国の研究者には字が上手な人が多い。署名をするときに、並んで書くと自分が恥ずかしくなるほど、字の上手な人が多い。われわれ日本人も、「中国人研究者ならば、きれいな字を書くはずだ」という無言の圧力を知らないうちに与えているのかもしれない。

 11月、私にもその図面作成能力を発揮すべき場がやってきた。

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