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背中を丸めた前傾姿勢に、扇子をしきりに開閉させ…
午後に入ってから豊島はジャケットを脱ぎ、ネクタイを外して戦闘態勢に。藤井も薄いブルーのワイシャツ姿の袖を、肘までまくっていた。この日の大阪の最高気温は35℃。だが盤上にはそれ以上の熱気が充満していた。
豊島玉を捕まえにいった藤井にミスが出た。だが豊島も玉の逃げ場所を間違えて逆転。決まったかと思われたが、豊島は藤井玉に強烈な重圧をかける。一つ間違えれば自玉が危なかったが、豊島もまた勇者だった。秒に追われた藤井が慌てて歩を敵陣に打つと、また形勢がひっくり返った。置かれた歩は左に傾き、マス目の左下に寄りかかるような格好になっていた。
藤井は背中が丸まり、極端な前傾姿勢になっている。扇子をしきりに開閉させ、キュッキュッという音が対局室に響く。あまりに酷使するので、藤井の扇子は10局も持たずに壊れるのが常だという。
秒読みの声が2人を責めつける。非勢の藤井が敵玉に迫り、豊島は玉を単騎で空中遊泳させた。どちらが勝っているのか、もうわけがわからない。ついに運命の時が訪れた。豊島が玉を逃がすと、藤井の眼が光る。もう、逃さなかった。豊島玉はがんじがらめになり、午後9時15分に静かに投了した。