人間を人間たらしめているのは「虚構を信じる力」だ。その力が言語や宗教、経済を育み、文明や科学技術を飛躍的に発展させた。そして人類は今、火星にまで活動範囲を広げようとしている。そうした人間特有の認知能力が生んだ奇跡の実話が『おやすみ オポチュニティ』(Amazonプライムビデオで配信中)だ。このドキュメンタリーの主人公は2003年に火星へ旅立った2台の探査機。開発当時の彼女たちの姿をNASAの研究者が懐かしそうに振り返る。
「一卵性双生児のつもりで造ったが、どうも様子が違った」
「スピリット」と名づけた1台は様々なテストで失敗ばかり繰り返す問題児で、もう1台の「オポチュニティ」は何でもそつなくこなす優等生。同じ部品と性能のはずだが、それぞれの個性が違って見え、まるで我が子のように愛おしく感じられたという。
彼女たちの使命は火星に水や生命が存在した痕跡を探すこと。稼働期間の目標は火星で90日を過ごすことだった。だが火星への着陸時、スピリットの信号が途絶える。10分間の沈黙の後、彼女は無事に信号を送ってきた。大歓声が沸き上がる管制室。一瞬ヒヤリとさせるのが彼女らしい。が、一難去ってまた一難。今度は岩の前で立ち往生し、延々と再起動を繰り返す。管制室はABBAの『SOS』を聴かせて鼓舞する。業を煮やして叱りつけるようなコマンドを送ると彼女は我に返り、再び正常に動き出すのだ。
その後、双子の探査機は競うように調査を続け、幾多の困難を乗り越えながら目標を大きく上回る成果を上げる。頑固者のスピリットは7年、しっかり者のオポチュニティはなんと15年も火星の荒野を探索し続けた。最後は人間と同様に肩(アーム)が上がらなくなり、認知症のような症状も表れる。最期は別れの曲を聴かせて天国へ見送った。機械のような無生物にも生命を感じてしまう“人間らしさ”に満ちた感動作だ。
INFORMATION
『おやすみ オポチュニティ』
https://www.amazon.co.jp/dp/B0B8SZ31YC