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 性的虐待の被害を受けた人にとって太ることは、自分の身体に対する注目を避ける意味合いがありました。つまり、太ることはトラウマ体験に対する「無意識の解決策」となっていると考えられました。こうしてフェリッティは、誰もが見逃していたパターン――肥満の背景に子ども期の逆境体験がある、という重大な事実に気づいたのです。

 1990年、フェリッティはこの「気づき」を、全米肥満学会で発表しました。しかし、聴衆からは猛反発を食らいました。一方で、この発表に保健社会福祉省の下部組織・CDC(米国疾病予防管理センター)に勤める疫学者が理解を示しました。この人の計らいでフェリッティはCDCで発表することになり、そこで働く疫学者、ロバート・アンダと出会います。アンダは長年、公衆衛生上の諸問題の根本的原因に関心を寄せていました。彼はまた、大規模なデータの分析にも長けていました。

 こうして出会ったフェリッティとアンダ、すなわちカイザー・パーマネンテとCDCがタッグを組み、共同研究が行われることになりました。肥満だけでなく、あらゆる疾患に対して、子ども期の虐待・ネグレクト、関連する家庭のストレス要因が長期的に影響するかどうかを検証する大規模な疫学研究が実現することになったのです。

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1万7000人超が参加した初のACE調査 

 1995年から1997年にかけて、初めてのACE研究(CDC-Kaiser ACE Study)が実施されました。カイザー・パーマネンテの健康診断に訪れた2万6000人に対して調査協力を求めたところ、1万7000人を超える人々が協力の意思を示してくれました。

©AFLO

 この人々を調査対象として、初めてのACE調査が実施されることになりました。

 この時用いられた調査票に、ACE(子ども期の逆境体験)を捉える質問項目が含められました。表1-1が、そのACE項目の一覧です。

表1-1 CDC-Kaiser ACE Study で用いられたACE 項目

 前半5つは、18歳になるまでに受けた虐待・ネグレクトです。身体的・心理的(・性的)という、それぞれの側面からの被害が捉えられています。後半5つは、18歳になるまでの家庭における何らかの問題(家庭の機能不全)です。親と離れて暮らしていたか、母親へのDVがあったか、家族の依存症や精神疾患、服役があったかを捉えたものです。

 調査対象者はこれらの質問項目に回答し、該当するものがあればそのカテゴリーは1とカウントされました。これらを合計したACEスコア(0~10)と、成人期の病気や問題行動との関係が検討されました。

 そもそも調査対象者は、健康保険への加入者であり、大卒が75%、白人も75%でした。

 つまり、ほとんどが教育水準の高い、中産階級の白人だったのです。ですから、フェリッティとアンダは当初、ACEスコアはかなり低くなると予想していました。

 しかし、調査結果は意外なことに、参加者(1万7337人)のうち、約3分の2(64%)が1つ以上のACEを経験していました。ACEスコアが「1」の人は26%、「2」の人は16%、「3」の人は10%、「4以上」の人は13%と、予測よりも多くの人たちが複数の逆境を経験していたのです。