子ども時代のトラウマ(心の傷)となりうる経験のことを指す「ACE(エース:Adverse Childhood Experiencesの頭字語)」という用語があります。たとえば、虐待やネグレクト、家族の精神疾患や依存症、近親者間暴力などに曝される体験のことなどです。

 1990年代からアメリカで始まった研究によれば、経験したACEの種類が多い人ほど、後年、心臓病や糖尿病、薬物乱用、自殺念慮、失業や貧困などに苦しむ可能性が高くなるということでした。

 ここでは、龍谷大学社会学部准教授の三谷はるよさんが、そんなACEの実態に迫った『ACEサバイバー ――子ども期の逆境に苦しむ人々』(ちくま新書)より一部を抜粋。子ども時代から両親に「金づる」として扱われ苦しんだ、B子さんの半生を紹介する。(全2回の2回目/1回目を読む

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生きる価値としての「貢ぐこと」

 B子さんは、ACEスコア「4」に該当する方です(心理的虐待、身体的ネグレクト、近親者間暴力、精神疾患の家族)。

 B子さんは1960年代に、一流企業に勤める父親と、専業主婦の母親、4歳上の姉がいる家庭に誕生しました。最初の記憶は3歳の時、「姉が頭を包帯でぐるぐる巻きにされていて、何日もそのままだった。姉は悲しそうにしていた」というものでした。まだ7歳くらいの姉に、母親は毎日、殴る蹴るの身体的虐待を加えていました。母親によると、姉は「努力しないと愛せない子」でした。

 B子さんに対しては、露骨な身体的虐待はなかったものの、物心ついた頃から常に「早くパパやママにお金をちょうだいね」と吹き込まれ、「貢いでくれたら愛してあげる」「お前は貢がないのなら生きている価値がない」というメッセージを受け続けたといいます。

 実に、幼稚園の時からのことでした。

 B子さんが小学校に上がると、母親は血圧が低いからといって、朝起きてこなくなりました。食事は家族バラバラ、置いてあるパンと牛乳を各自が食べて行きました。この頃から、小児科や歯科には一人で行かされたといいます。