ACEがもたらす心身の疾患
1998年に発表された先ほどの論文は、今や8700を超える研究論文に引用されています(Web of Science より)。従来、身体医学では成人患者の子ども時代に注目することがほとんどなかったため、フェリッティらの発見は医学界にとって大きな衝撃だったのでしょう。このACE研究によって、子ども期の過酷な逆境体験が成人後の健康に害悪をもたらすことが、広く知られるようになりました。
その後、つづく数多くの研究で、ACEが心身の疾患や健康リスク行動に影響することが証明されていきました。
たとえば、虚血性心疾患や脳卒中、肝疾患、肺がん、慢性閉そく性肺疾患、糖尿病、頻繁な頭痛、睡眠障害への影響が報告されています。
また、早期の飲酒、アルコール依存、違法薬物の使用、喫煙、肥満、危険な性行為、10代の妊娠、うつ病、不安、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、自殺未遂に影響することもわかっています。
こうした膨大な研究知見を整理するレビュー論文も、これまでに複数発表されています。
その中の一つ、文献をレビューした最近の研究を紹介しましょう。この文献ではすべて、オリジナルのACE研究で用いられたACE項目が使用されています。この論文では、各研究のサンプルサイズを調整して算出した調整オッズ比が、健康に関するアウトカム(心身の健康状態や行動)それぞれについて示されています。
この結果をまとめたのが表1-2です。これを見るとわかるように、身体の疾病よりも、心理社会的・行動的アウトカムのほうが総じて調整オッズ比が高めとなっていることがわかります。とくに自殺未遂の値が7・3というのは目を引く高さです。
ACEは自殺未遂に大きく影響を与える要因ですが、これだけ心身の疾患や健康リスク行動に関連するのですから、最終的に寿命そのものにも影響します。
フェリッティとアンダたちは、初のACE調査の対象者(1万7337人)を2006年末まで追跡する調査を行いました。その結果、ACEスコアが「6以上」の人は、ACEが「0」の人よりも、平均で約20年早く死亡するという知見が報告されています。