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現実離れした目標はいらない…今の大学に必要なのはオリックスのような若手育成システムである

文春野球コラム ペナントレース2023

2023/09/11
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*****これは野球コラムである

「東大と京大が落選!」

 大学の業界を大きなニュースが駆け抜けていった。文部科学省が進めていた「国際卓越研究大学」の最初の選定から、日本国内における最有力大学として知られる二つの大学、東京大学と京都大学が落ちた、というのである。この「国際卓越研究大学」とは、世界トップクラスの研究力をめざす大学を数校選び、政府が支援するものだ。原資は政府が支出する10兆円規模の大学ファンド、この運用益等を基に年に数百億円を配る計画である。支援は2024年度から始まり、最長で25年間にわたるという。

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選ばれたのは「いつもの大学」ではなかった

 預金貸出金利が0%に近いこの時代、果たしてファンドがどの程度の利益を出せるのかは不明であり、更に悪い事にこのファンドは、昨年度には600億円もの赤字を出している。筆者が運用している投資信託でも、もう少しは利益を出しているから驚きである。しかしそれでも、長年の予算削減に苦しむ大学はこの構想に殺到する事になった。早稲田大学、東京科学大学(仮称)、名古屋大学、京都大学、東京大学、東京理科大学、筑波大学、九州大学、大阪大学がこれに応募した。

 とはいえ、多くの大学関係者はこの中から選ばれるのは、「いつもの大学」だろうと思っていた。何故なら、文科省が行うこれらの「支援プロジェクト」の大半では、結局は、戦前の「帝国大学」の流れを汲む古い有力大学が選ばれるのが通常だからである。野球に例えれば、大学の世界の「ドラフト」は、常に古くて強い有力チームに有利な様に作られている。なかなかに「強者に有利」な世界である。

 だから今回の選定でも有力とみられていたのは、東京大学、京都大学、東北大学の3大学であり、その組み合わせは戦前の帝国大学の設立順序そのままだった。だからこそ、殆どの大学関係者はこの3校ですんなりと決まるだろうと思っていた。

 だが、東大と京大が落ちた。再びプロ野球に例えれば、当然選ばれるであろうと思われていた、資金も戦力も十分と見られた巨人と阪神が、マジックが点灯したにも拘わらず「アレ」から落ちた様な状態であり、昨年の阪神なら元監督からのブーイングが容赦なく飛んでくる展開である。

東北大学が示した驚きの目標値の数々

 では、何故巨人と阪神、いや東大と京大は落ちたのか。文科省からは様々な説明が発表されているが、その答えは選ばれた楽天、いや東北大学が自らの目標値として示した数値をみればわかる。これは飽くまで野球コラムなので、その詳細を詳しく紹介する事はできないが、その計画によれば、東北大学の論文数は25年後までに現在の6791本から24000本にまで伸びる事になっている。一体どうやって実現するのだろう、と思うのだが、驚くべきポイントはそこではない。研究の世界での評価は、今や論文の数よりもその論文が如何に注目され引用されているかに移っている。そしてそれを測る指標の一つが、「TOP10%論文数」なるものである。つまり、各々の研究分野で引用数の多い上位10%の論文の数である。

 東北大学は自らの目標で、この「TOP10%論文数」が25年後には現在の664本から約10倍の6000本になる、という数字を示している。しかし、更に驚くのは、全ての論文数に対する「TOP10%論文の割合」なる目標数値である。何故ならこの数字は、現在の9.8%から25%にまで増加する事になっているからである。野球に例えれば、単にヒットを増やすのではなく、その4分の1をホームランにする、というのである。だが、それよりも驚かされるのは、若手研究者に関わる目標値だ。この計画では若手研究者のTOP10%論文は現在の114本から1140本に増え、TOP10%論文の割合も25%に達する事になっている。もうスタメンのどこからもホームランが打てる、ドリームチームの誕生である。

 素晴らしい目標値であると思うが、それはあくまで実際に達成されれば、の話に過ぎない。25年後の若手研究者のTOP10%論文数が1140本であり、それが全体の論文数の25%になるというのなら、この大学の若手研究者は年間4560本もの論文 - それは現在の4倍近くの数字である ― を書きながら、その四分の一を国際的に大きく注目されるものとしなければならない、という事を意味している。

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