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「名も無き家事」をいかに効率よく秒単位でこなせるか…俳優・杏も同意した、シングルマザーの子育ての“リアルな忙しさ”

呉美保(映画監督)――クローズアップ

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 シングルマザーのユキの毎日は忙しい。育児と同時進行で家事をこなし、仕事に励み、時にはリビングで寝落ち。そして再び朝が来て、の繰り返し。娘のリクエストに応えて髪をかわいく結んであげる余裕も無い――。

 女優の杏が演じる、子育てに奮闘するヒロインを描いた短編映画『私の一週間』は、呉美保監督の8年ぶりの新作だ。

呉美保監督

「“名も無き家事”という言葉がありますが、映像化にあたっては、かなりこまかく入れました。それらをいかに効率よく秒単位でこなせるか。育児と仕事の両立は、これにかかっています。おそらく当事者の方には、わかる! と思ってもらえるだろうし、逆に自分には無縁だと思っている人たちには、タスクの膨大さを視覚的に感じてほしい」

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 一方で、「私も、子どもを産むまでは全く想像も理解もしていなかった」とも語る。

「今の日本は、多様化をうたう反面、子育てはどんどん排他的に、ドメスティックになってきている気がして。今回は、そういった部分も間接的に描けたと思います」

 本作は、「映画、芸術、メディアを通して女性を勇気づける」をスローガンに掲げる非営利映画製作会社「We Do It Together」の呼びかけで作られたアンソロジー映画『私たちの声』の1編にあたる。

「『ジェンダーギャップをテーマに映画を撮らないか』と声をかけられて最初は戸惑いました。お話をいただいた2021年当時、長男は5歳、次男はまだ0歳でしたし。でも次第に、それって何だろう? と思い始めたんです。もし私が男性だったら、きっと迷わなかったはず。今、私が置かれている状況こそがジェンダーギャップなんじゃないの? と。しかも約15分の短編。思いきって参加を決めました」

 こうして世界の映画界で活躍する女性監督と女優たちが集結。異なるストーリーを持つ7編がイタリア、インド、アメリカ、日本の4カ国で製作された。呉さんは脚本も自ら担当。日本の子育てのリアルを丁寧に描き出した。

 劇中のユキに悲壮感はない。常に前向きで明るい母親に子どもたちはよくなついており、物語の終盤ではほろりとくる展開もある。

「私たちには悲しみにうちひしがれている暇なんてないよね、というのがママ友たちとの共通見解です(笑)。これには、同じく子育て中の杏さんも同意してくださって、心からの実感を持って役を演じてくださったと思います」

 また、主題歌の「Applause」が、米国アカデミー賞歌曲賞にノミネートされたことでも話題に。呉さんも、杏さんとともに、今年3月、ハリウッドでの授賞式に招待された。

「夢みたいな時間でした! それに今年は特にアジア出身の俳優たちの受賞が相次いだこともあって、杏さんへの注目度の高さは肌で感じられるほど。彼女がオスカー像を手にする姿も、いつか見られるに違いないと思いました」

 無論、呉さん自身も、再びノミニーとして戻ってくることを誓った。現在、次作を準備中。映画界における女性たちのさらなる活躍に期待したい。

おみぽ/1977年、三重県生まれ。スクリプターとして映画制作者としての経歴をスタート。その後、初の長編『酒井家のしあわせ』(2006)で監督デビュー。『オカンの嫁入り』(10)で新藤兼人賞金賞を受賞。『そこのみにて光輝く』(14)でモントリオール世界映画祭最優秀監督賞を受賞。続く『きみはいい子』(15)でモスクワ国際映画祭最優秀アジア映画賞を受賞。

INFORMATION

映画『私たちの声』
9月1日公開
https://watashitachinokoe.jp/

「名も無き家事」をいかに効率よく秒単位でこなせるか…俳優・杏も同意した、シングルマザーの子育ての“リアルな忙しさ”

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