「主人公の綿子がどんな人間なのか、何を考えているのか、私にも、よくわかりません(笑)。そしてこの映画は、それを説明したり、綿子を通じて何かメッセージを伝えようというものでもないと思うんです。迷える女性の、とある瞬間を切り取ったドキュメンタリーのような作品です」
独特の存在感で、いまや日本映画界に欠かせない存在となっている女優の門脇麦さん。最新主演作は、演劇界の気鋭の演出家、加藤拓也さんの脚本・監督による2作目の長編映画『ほつれる』だ。
門脇さんが演じるのは、夫ではない男性と逢瀬を重ねる主婦の綿子。しかしある時、綿子の目の前で恋人(染谷将太)は事故に遭い、帰らぬ人となってしまう。その死を受け入れられないまま、綿子は仲が冷め切った夫(田村健太郎)と向き合う日常に戻るが――。
親友(黒木華)の前ですら、恋人への想いも、夫への気持ちも、何一つ語ろうとしない綿子。そんな彼女を慮り続ける夫。全編にわたって重苦しい緊張感が画面を支配する。
「最初に脚本を読んだ時、完成度の高さに圧倒されました。リアルな日常会話を追求した緻密なセリフが、美しすぎて」
と、門脇さんは絶賛する。
「これまでも、ご自身で脚本を書かれる監督とお仕事をしたことはありますが、加藤さんの場合は、より文学的というか、小説家のようなイメージです。例えば、シーンごとに、いま綿子がどんな心情なのか、すごく丁寧に時間をかけて説明してくださる。それを私が演技にすべて反映できたのか、またそうすることが正解なのかもわかりませんが、監督の頭の中では、何気ない会話もすべては意味のある会話、ある感情へと連れていくセリフで、何も説明しない余白の部分も、計算されたものなんです。すごい才能だと思いますし、とても刺激的な経験になりました」
一方で、その演劇的な演出方法にも驚かされたという。
「リハーサルが2週間もあったんです。確かに舞台の場合は1カ月間の稽古は普通ですけど、映像作品では初めてのことで。そのリハが一番つらかったですね。慣れきっちゃうんです、演技にもセリフにも。でも、それが綿子の日常や夫との関係を表現するにはよかったのかもしれません。ある意味、全く新鮮じゃなくなる。芝居のリアルさにつながったと思います」
役を演じる際は、その人物になりきるのではなく、自分との距離は保つタイプだという門脇さん。つかみどころのない綿子についての印象は?
「お友達にはなれないかもしれません(苦笑)。私は、思ったことをはっきり言ってくれる人が好きなので。……でも、この映画の中の綿子は、いろいろなことを全然決断しないんですけど、人には誰でもそういう時期ってあると思うんです。いつかは前に進まなくちゃいけないとわかりつつ、機が熟す一歩手前の霧の中にいるような。だからといって、皆さんに綿子に共感してほしいわけじゃないんですけど。ただ、綿子と一緒にヒリヒリしてほしい。このざらついた時間を共有してほしいですね」
かどわきむぎ/1992年、東京都生まれ。2011年、ドラマでデビュー。14年、映画『愛の渦』などで第88回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞受賞。『二重生活』(16)で単独初主演。以来、『止められるか、俺たちを』(18)、『あのこは貴族』(21)などの話題作で主演。ドラマ、舞台でも活躍中。11月7日からヒロインを務める舞台『ねじまき鳥クロニクル』が再演予定。
INFORMATION
映画『ほつれる』
9月8日公開
https://bitters.co.jp/hotsureru/